掛けまくも恐(かしこ)き 吾大神(わがおほかみ)の大前に 恐み恐みも白(まをさ)く。新(あたらし)き年の新き月の新き日の 朝日の豊栄登(とよさかのぼり)に拝(おろがみ)て仕奉(つかへまつ)る大御饌大御酒(おほみけおほみき)を皇神(すめがみ)の御心に平(たひらけ)く安(やすらけ)く赤丹(あかに)の穂に聞食(きこしめせ)と白す。如此仕奉(かくつかへまつる)に依りて今も往先(ゆくさき)も皇御孫命(すめみまのみこと)の御世(みよ)を手長(たなが)の大御世(おほみよ)と湯津石村(ゆついはむら)の如く伊波(いは)ひ依(よ)さし奉(まつ)り茂御世(いかしみよ)の足御世(たらしみよ)に福(さきは)へ奉(まつ)り仕奉(つかへまつ)る親王諸臣百官人等(みこたちおほきみたちまへつきみたちもものつかさのひとたち)を彌高(いやたか)に彌廣(いやひろ)に伊加(いか)し八桑枝(やぐはえ)の如く令立栄給(たちさかえしめたま)ひ天下泰平(あめがしたたひらか)に公民等(おほみたから)を守給(まもりたま)ひ恵給(めぐみたま)へと恐み恐みも稱辭(たたへごと)をへ奉(まつら)くと白(まをす)。
社務所が8時から開くとの告知が徹底されていて、ひとが本当に少なくしっかりと参拝できました。
参拝後、お日様の光が高層の建物の間から差し込んできましたので「日拝」もジックり排することができました。
神籤には、「驚くことあれど、あわてねば叶う」とありました。よくよく物事を考えての言動を心掛け、動ぜず、他の物を生かすために自らの努力で培ったことを与え、生成化育の命(ミコト=使命)を実践しなさい!との感覚がありました。