2026年9月10日木曜日

憑依霊の解除の大事

 


人間の肉体はその人間の内在思考を写し出す鏡でありますので、人間の善い想念でも、悪い想念でも関係なく、その想念通りのものを引き付ける作用をします。ですので、悪想念を持てば、悪い事、悪い体の状態を引き起こしてしまます。

多くは、未練や執着や嫉妬や執念型の未自覚迷妄霊の先祖による交渉が多いのですが、人間が未練・執着・嫉妬・執念・怒り・妬みなど、日頃から悪想念を持っていれば、悪想念を抱いたまま亡くなった先祖霊達が、その人間(子孫)に憑依します。

また、本人と関係のない(先祖さんではない)浮遊霊や地縛霊などは、先祖と何らかの関係があるか、境遇が一致しているとのことだけでも、関係のある人間に憑依します。

特に浮遊霊は人間の頸椎から侵入します。それら浮遊霊を取り出す方法は、
まず、首筋を霊的に掴み、その浮遊霊が逃げないようにして肉体の外に取り出し、
「幽世之大神(かくりよのおおかみ)の御意(みむね)の任々(まにまに)の御処置をお願いします。」と申しあげて送魂しますが、多くの場合、その浮遊霊の前世(生きていたころの)心得違いを咎められて、大抵は下層霊界の黄泉に送られてしまいます。

水子さんの霊は、幽世之大神と産土神にお願いして、水子さんの霊魂の魂送りをします。
※すべて他人任せではだめで、自ら懺悔をして詫びを入れて、誠心で供養しなければなりません。

憑依・浮遊・地縛霊の解除は祭典であります。解除を任される人は、人間力(肉体力)ではなく、神様の心と一体となって、神力を頂き、
「幽世之大神、国土神(その霊魂を担当される産土神)に召し上げ給いて、神の任々(まにまに)、其の処を得さしめ給え~」と送魂するか、各自の家だったところに帰すか、帰る家が無く、その所に止まりたい霊魂は、その場所に印(墓標のようなものを想念で作ってあげて)をつけて鎮めてあげれば、大概の霊魂は静まるようです。

生霊が憑く場合は、肩が重くなったり、腰が痛くなったりするようです。生霊は人の体の形態ではなく、人を憎む・恨む・妬むというような悪念が、拷問の石ブロックとなり、相手の肩に乗っけて来たり、弓矢や槍や刀剣に姿を変えて、憎っき人の体に刺さってきます。
そういう場合は石ブロックをエネルギーでぶっ飛ばしたり、弓矢・刀・槍などを抜いてあげれば重みや痛みは取れてなくなります。
しかし、相手は生きていて悪い想念を飛ばし続けてきますので、一時は良くなってもまた、悪想念マイナスエネルギーを飛ばしてきますので、たちが悪いです。
しかし、悪の想念を送ってくる人と和解をすることで、自分の体の不調は無くなりますが、互いの我が亡くならなければ、慢性のコリ・痛みとして苦労します。

これまでは人間力でなんとか出来るのですが、幽世之大と産土神社にお願いして憑依する霊魂の引き上げと特殊な祓いをします。
(※簡単な憑霊であれば、海神族の祓で解除できます。)

また、軽い憑依霊などは、体の傷む部分に手を当てて、クルクルと右回りに回転させて、憑依霊さん集まれ~と思念して、クルクルぽっとんと落としてあげれば、痛みは取れます。

しかし、生きている人が何らかの理由で神様からお仕置きされている場合は、治してあげようとしている人に異変があります。(※助けるべき人ではない人を助けようとした場合など)

逆恨みを受けている人は、その憑依霊の解除が出来ます。傷んでいる本人に全くの非が無い場合は、簡単に痛みが取れます。(なんとか返しの業でもって)

日本の国では霊界は国土大神が司っておられ、人の生死は凡て国土大神の司命神(少名彦名命)の支配下であります。                              ※決して人間力でもって憑依霊を扱ってはいけません。

『この御手は わが御手ならず 奇(く)しの神 常世(とこよ)に居ますスクナヒコナの 神の御手なり~』『癒し給え、癒し給え、癒し給え、・・・・・・・・』と、         俺我~俺我~の我を取って、「かみが~の法則」で、憑霊解除をなさってください。

2026年9月8日火曜日

神に「まつら」って、無難に、無理せず、幸せに生きる

 

多くの人は今や神社仏閣に詣でて、自我による頼み事をするのが当たり前と思っています。 これも、「今だけ金だけ自分だけ」で生きなければ、この世の中、上手く生きていくことが出来ない。損得勘定が当たり前で、自分さえよければそれでよいとでも思っているのでしょう。しかし、はたしてそれで本当に幸せになれるのでしょうか?

神に「まつらう」とは、神様に服従するとか、神様に従うという意味です。神様をどうこうするとか、神様に人間の自我の願いを聞いてもらうということではありません。

倭姫命の言葉に「黒(きたな)き心なくして、丹(あか)き心もちて、清く潔(いさぎ)よく斎(ゆまわ:神を祭るとき、飲食や行いをつつしんで穢れを去り、心身を浄める)り慎み、左のものを右に移さず、右のものを左に移さずして、左に廻る事も、万事違う事なくして、大神に仕え奉れ。元(はじめ)を元(はじめ)と、本(もと)を本(もと)とする故なり」とあり、神(自然の法則・宇宙の法則=善)の願う通りにあれ!ということでしょう。

自然・宇宙の公然の秘密があります。「重んずれば重くなり、軽んずれば軽くなる」宇宙真理の公然の秘密なのだそうです。                            どのような真実な対象でも、これを疑ってしまえば疑わしい対象となります。また、神(自然)に親しみすぎて礼を欠く心は、軽んずる心となって疑う心となってしまいます。    ※疑う心は「魔心」で、魔心は魔縁を呼び、魔に感ずるのです。             神社で神は要るか居ないかわからないけど、世間でご利益があるといわれているから、「ものは試しだ。願いが叶ったら儲けもの」で疑いながら自我の願いを願っても、神様とはつながらず、逆に多くの強欲な参拝客が落としていった魔縁に憑りつかれて、ますます欲深くなって、自分の慾の達成に死に物狂いになって、ますます底なし沼(怒魔)にはまるのです。

人間はこの世に生を受けると同時に「鏡」の総元締めである少名彦那の神=「大司命神(だいしめいしん)」より、神心を映す鏡を授けられています。

その鏡とは、無難に無理せず幸せに生きるのが人間の使命である。授けられた鏡を魔心(自我・我慢・我執・我情)で穢す事の無ないように生きよ。奇魂(くしみたま)が本当の自分であることを忘れるな!との神の意が映された鏡です。                  鏡を穢すことなく、縄文より引き継がれている、神の意のまま=神に「まつらう」ことを再認識しなければ当来の災難・天変地異から魔逃れない(免れない)こと必至でしょう。   本当の自分とは、自分の中に在る、「万物に神宿る」といわれているその神=奇魂(くしみたま)のことです。そして、その延長線上に超意識である幸魂(さきみたま)があって、さらに潜在意識である和魂(にぎみたま)があって、さらに3次元のこの世の自分の意識と肉体である荒魂(あらみたま)があります。

その本当の自分である奇魂(神の心)という鏡は肉体のどの辺に授かっているかというと、おへその奥の太陽神経叢(第二の脳)といわれる所です。

以上、35年前の先師からの受け売りです。解るまでに時間を要しています。

オヘソは大事というお話は、次の機会に。                       ※先師からの受け売りですが、「へ~そう?から、な~るヘソへ」のこころです。

ご先祖様の霊格向上を祈念する詞

(祈念詞)

自  自分の家のご先祖様達の、過去の因縁や罪過を消し去り、魂を清めて安らかにして、

   ご先祖の魂を高次へ成長させて、さらに神様のお導きにより、永遠の守護を得させて下

   さいと、神様にお願いする詞です。

日 日本語は縦書きのものを、「そうだ、そうだ、そのとおり」と首を縦に振って頷きながらむのが良いです。自分の我が無くなり、真理を素直に受け入れることが出来ますようにと写真をアップしました。

横書きですと、眼は泳ぎ、首を横にふって「いいや、そうはいってもねえ?本当かしら?」と否定しながら読みますので、「しんじられられな~い」となってしまいがちです。
とは言うものの、祈念詞の訳は横書きです。眼は横に泳がせても、首は縦に振りながら素直にお読み理解してください。(笑)

祈念詞の訳
全ての霊魂の籍・名簿・運命を司る役所にいらっしゃいます、あらゆる大小の人の寿命や運命を御定めになる*神様に対して、謹んで敬意を払い、神様の御名を申し上げ、お敬いいたします。
我が○○家の先祖代々の御霊達を始め、三界に住まう、〇〇家に縁ある霊魂たちや、縁は無いが、○○家の者へ悪しき感情(怨み・妬みなど)を持つ霊魂たちの、
 悪因解除(あくいんかいじょ:過去の悪しき因縁や、災いのもととなる因果関係を解きほぐし、取り除いてください)
 冥罪過消滅(めいざいかしょうめつ:冥界(死後の世界)において、生前の罪や過ちが消えてなくなるようにしてください)
善因転結(ぜんいんてんけつ:よい行いや因縁へと導き、それを結実させてください)
霊魂浄化(れいこんじょうか:霊魂の汚れや迷いを清め、純粋な状態にしてください)
魂魄清明(こんぱくせいめい:肉体を司る「魄」と精神を司る「魂」が、清らかで明るく澄み渡らせくだい)
霊體安寧(れいたいあんねい:霊的な体(霊体)が安らかで平穏無事であるようにして)
善果得道(ぜんかとくどう:よい報い(善果)を受け、悟りや正しい道を得るようして)
玄胎化成(げんたいかせい:体内に聖なる胎児=玄胎:霊的な新しい生命・不老不死の素を宿し、神聖な存在へと化して成らせください)
仙寿転結(せんじゅてんけつ:仙人のような長い寿命(仙寿)へと命の巡りが変わり、調わせていただき)
霊格冥福向上(れいかくめいふくこうじょう:霊としての格(霊格)が高まり、死後の幸福や安らかさがさらに増していくようにと、)
御啓導守護(ごけいどうしゅご:神仏や高次元の存在によって、正しい方向へ導き(啓導)くださり、先祖ともども、災いから守り抜いていただきますよう、)
祈念(お願い申し上げます)

大体、亡くなってから50年くらいの親族が、生きている本人の善くない感情に誘われて、
本人に憑依するのです。亡くなられた親族は、亡くなられる時の感情記憶のままで他界し
ますので、辛い・苦しい・憎い・悔しい・残念・恨む・悲しい・絶望等々の善くない感情を以て、それと同じ世界(幽界)に逝って、まだその感情を持ち続けておりますので、生きて
いる子孫が辛い・苦しい・憎い・悔しい・残念・恨む悲しい・絶望等々の感情を発していると、そのマイナス感情のバイブレーションに同調して、生きている本人に憑依してくるわけ
です。
つまり、生きている本人が亡くなった先祖を引き寄せているわけです。悪しき事柄は、「自
分のせい」ということです。

よって、先祖供養で大事な事は、まず、自分の常日頃の感情を大いに反省することから始め
なければなりません。そして、真摯に誠と真心をもって、亡くなられた先祖が、幽界から霊
界に行かれ、さらには、神様の御光の元へと上昇されることを願うのです。
立派な仏壇であるとか、立派なお墓や、高級なお供物とか、くそ坊主へのお布施などは、
これらは3次元の物質界のものですので、ご先祖様方は、その恩恵にも触れること、食べ
ることも出来ません。
ご  先祖様が何より喜ばれるものは、ご先祖様への感謝と、子孫の誠・真心のこもった真摯な
in  祈りです。

※自分の守護霊になってくれる先祖は大体五代前以上の方ですので、殆んどの方は守護霊さんのお名前などは解りません。

2026年9月3日木曜日

幸福になる法則 VS 不幸になる法則

 


昭憲皇太后 御歌 「衛生」

       かりそめのことはおもはでくらすこそ 世にながらへむ薬なるらめ

 「口語訳:その場限りのはあまないことに、くよくよしないで暮らすことこそ、この世に長

きするための良薬というものでしょう。明治42年」

 

天地自然のままに、いささかも人智(我慢・我執・我情・我欲)を加えないで、赤心の命ず

るまま、自己本然(神様から授かった魂)=自己本然の姿のままに、呑気に暮らすのが、健

康で豊かで幸せに長寿を全うする秘訣なのだそうです。 

しかし、人間のあらゆる苦悩というものは、生成化育(自然の法則)に逆らう「軋み(きし

み)」のようなもので、人間が発する苦悩とは、「たわいのない」妄想・妄念のようなもの

であります。

今だけ、金だけ、自分だけ。物や富(金)などの集積に明け暮れる。物富集積の妄想・妄念

の虜となれば、地獄の底からやってくる我利我利亡者に憑依され、心身ともに食い尽くされ

て、挙句の果てには、神様から頂いた大切な分魂(わけみたま)までガリガリと食べつくさ

れてしまいますこと、うけあいです。

 

今の世の中、嘘・偽り・誇張・強圧・詐欺・謀略・エゴなどの悪しき言葉だらけの世の中

で、今だけ金だけ自分だけの夢を達成しようとするために、嘘・偽り・誇張・強圧・詐欺・

謀略・エゴでもって生きていくしかないと思ってはいませんか?

先の見えない獄中生活ですね。

 【幸福になる法則VS不幸になる法則】

先師曰く、「一切万事、人間の成すことは、善念(善き言葉・良き見解・良き行為)を以て

すれば、善念(福の神)が付着し、悪念(悪しき言葉・悪しき見解・悪しき行為)を以てす

れば、悪念(悪鬼悪霊)が付着(憑依)するものである。」 

であるので、天地自然のままにいささかも人智(我慢我執我情)を加えないで、「希望に起

て、感謝に眠る」日々を過ごすことが出来るように精進することが大事です。

(※TV・スホ・AIの情報では人間は健康で長寿、裕福、幸福になることは出来ません。

ではどうすれば・・・ 

ドイツの哲学者フィヒテ曰く、

「単に知るのみならず、その知識に従って行動せよ!」まさに願望実現の名言です。

過去・現在に、嘘・偽り・誇張・強圧・詐欺・謀略・エゴなどの悪しき言葉を使っていたな

らば、それらを真摯に反省し、もう二度とそのような悪しき言葉でもって他人を傷つけまい

と決心し、「よし!今からは、善き言葉・良き見解・良き行為でもって人に接し、決して

人を傷つけまい!と誓って、猿田彦大神がお開き下さった、明く、強く、直き、正しき人が

歩むべき大道を誠を以て歩み行くことで、誰でも人は再起・復活できるのは本より、人は誰

しも健康で豊かで幸せな人生を送ることができるのです。

嘘・偽り・誇張・強圧・詐欺・謀略・エゴの世界に安住していてはいけません。

2026年8月31日月曜日

先祖供養の心

 

「○○家のご先祖様方~、ご先祖様達が肉体にお受けになった痛みや苦しみは、肉体を御脱ぎになって昇天される時に、肉体と供にその時点で既に消滅しています。今は魂というもので生きていることを自覚されて、どうぞ!この世に囚われの思いをのこすことなく、本来の魂のあるべきところで、安らかに生き続けて下さいますように!

  うまれきぬ 先も生まれて住める世も まかるも神のふところの内 でございます。

「吾々、子孫一同、常日頃から悪しき言葉・悪しき見解、悪しき行為なく、善き言葉で善き見解で善き行為でもって、遠津御親様方に感謝して日々楽しく暮らさせて頂きます。ご先祖様方もどうぞ日の若宮におとどまり下さいませ」

あの世は意識の世界・想念の世界でありますから、ご先祖を供養するのに、理屈も立派はお墓や仏壇はいりません。物質世界のこの世の物は、精神世界のあの世では一切通じません。ですので、無理なガンバリはしないで、優しい素直な心で、感謝の心を以て、ただただ死者を思いやることが、最高の供養であります。

仏教徒の方は、祭壇にしっかりと捧げものをして、坊主にしっかりとお布施をしなければなりません。また、新興宗教を真面目に信仰されている方は、しっかりと教団に献金しなければ先祖は浮かばれないと御洗脳されておりますので、洗脳が溶けるまで、先祖は浮かばれません。

特に仏教では、先祖にお願いしなさいと説いているところもありますが、先祖にお願いをしても助けてはくれません。お願いは先祖の成仏の(幽界から霊界に行く)さまたげになるだけです。ご先祖様にお願いしては絶対いけません!

ご先祖様へは、家族の善き出来事のみを報告して、感謝申し上げるのみです。

ありがた~い(といわれる)お経を生臭い坊主に唱えてもらっても、ご先祖様が生臭くなるだけであります。※生臭い=現世的な物質の世界的なという意味です。あしからず。

※人間が死ぬということは、死者の側からみれば、この世で考える程重大な事でも何でもなく、生きているか死んでいるかは、肉体を持った状態でいるか、そうでないかくらいの違いです。魂・意識体は肉体の有無に関わらず生きいますので、生前の魂・生前の意識の状態が良いか悪いかが重要です。生前の意識が、怨み、辛み、妬み、怒り、嫉妬、恐怖、恐れ、悲しみなどで満たされていれば、現世的執着の為に浮かばれない霊となり、地縛の霊として子孫に感応憑依するのであります。

ですので、子孫である我々は、けっして心に、怨み、辛み、妬み、怒り、嫉妬、恐怖、心配、悲しみなど持っていてはいけないのです。

坊主の話も、新興宗教の教祖の話にも、乗ってはいけないのです。あの世のご先祖様達は、この世の金銭では成仏いたしません!

大げさで嘘みたいな話ですが、「本当の話」です。

精神障害(精神病)と憑依

 


精神病はどのような時に発病するのか?

1,金銭・物にこだわって、何が何でもと不自然で無理な形で、損得勘定(損得計算)だけ

 を考えた生活・暮らしを、(※先代々にたり)しているうちに、本人、家族の間に、

 他人を思いやる優しい心が欠けてしう時に病する。亡くなった先祖にも精神病を患っ

 た先祖が必ずいます。損得勘定・損得計算で我のみ得すればよいという考え方・生活パタ

 ーンが、其の家の家訓・教えであったりする場合、先祖代々の精神病のお家柄(遺伝)

2,先祖代々、物質への異常な囚われがある。殆んどの人が自分可愛さのお願い事ばかりす

 る世の中ですが、他人より自分達(家族)が少しでも恵まれるようにと欲の心でひたす

 ら、神仏にもお願いしてしまう。(物質金銭偏重主義は、先祖・自分・子孫を通じての不

 幸の元です。)

3,先祖にも他人を恨んだり、憎んだり、他人への憤りの念が強い人がいる。自分にも他人

 から(上司などから)罵声を浴びさせられたなどパワハラを受け、その相手をに激しく憎

 んだり恨んだりして、その感情が抑えられない場合。

つまり、精神病は数代に渡っての自己中心的な暮らしが蓄積累積されて、それに気が付かな

かったという事の現れであることが多いです。

先祖に金銭的な後悔の念、悔しさの無念、怒り憤りの念などを残したまま亡くなった先祖

は、生きている子孫が先祖と同じような感情・念を持っていると、今の物質界で生きている

子孫に憑依して、その目標を達成しようとするのです。


先日、緑内障で視力が日に日に狭まっていると訴えに来た患者さん(70代女性)を治療中

に霊視すると、その右眼の中に、偏った見方をして近所から疎まれていた先祖が憑依してい

るのを解りました。憑依遺伝です。本人のお顔には傲慢さが溢れておりましたので、物の見

方、他人への偏見を持った見方を改めなさいと意見はせず(怒りそうなので)、完治には時

間がかかりますので、また治療にお出で下さいとだけ言ってお帰り頂きました。

その後、視力が少し改善したとの報告の電話のおりに、「実は私の弟(65歳)が、仕事の

同僚や住まいのご近所から嫌われ受け入れてもらえないことを悩み、このままでは自死し

ねないと本人が思い悩み、自ら精神病院に行き、‟このままでは自殺してしまいそうなので

入院させてくれ″と医師に懇願して精神病院に入院してしまった。精神病院に入院している

ことが近所や勤め先に広まると、体裁が悪いので、何とか遠隔で治療してくれないか」と頼

まれました。

私は暫し瞑目して「こんなん出ました!・・・実はあなた方のお父さん、実に金銭に細か

く、他人の収穫物(農作物)や資材など利用して自分の懐を肥やすなど、嘘を言って他人の

目をごまかしたり、それでいて近所の人に威張ったりしていたので近所の人から疎まれて相

手にされていなかったお父さんが憑いているようです。あっ、お爺さんは自死しています

ね。これは弟さんが自惚れや言い訳や自己弁護の屁理屈から脱却して、先ずは謙虚に素直に

なって、他人のことを考えられるようにと弟さんの生き方・考え方を変えられるよ電話でお

伝えしなければなりませんね。」と申し上げたところ、「私の目の治療も結構です。失礼

ね!」ブチッ。ツーツーツー。

・・・・・・・

精神の病も難病奇病も腰痛も肩こりも腹痛も、すべては自分の思い方考え方が先祖霊を引き

寄せたり、他人からの生霊を引き寄せることになるのです。の例えです。

また、今の生き様についての反省を今しなければなりません。

自惚れ・言い訳・自己弁護の屁理屈・傲慢・我執・我情から脱却して謙虚に素直になること

が、大事です。

そして同時大事なのは、「先祖供養」です。

次回は、先祖供養の極意をお伝えします。

2026年8月29日土曜日

禊祓の極意は反省と善念でんねん!

 


いざなぎのかみ はじめまし すさのをのかみ おこなへる。みそぎはらへの かむわざを かみのみ世より つたへつつ。いまのうつつに ひとみなの ふみにもよらず ちゑいらず。ただまごころに おほかみの みいつによれば なれるなり。

                明治時代の教派神道「大成教」が発行した『神道唱歌』

口語訳:「イザナギノ神が始められました。スサノヲノ神が行われました。禊祓の神事を神代より伝えられてきました。今の世で、誰でも、書物にもよらず、知識も不要です。ただ素直で真心をもって大神様のお力にお任せすれば、何事も成就するのですよ」

 「一切万事、人間の為す事は、善念を以てすれば善念が付着し、悪念をもってすれば悪念が付着するものである。」先師

意味:「善念が付着するというのは、善人の善き言葉・見解(思い方)・善き行為すべてが善であるので善なる神様(天)が福を授けてくださるし、悪念が付着するとは、悪人の悪しき言葉・悪しき考え、悪しき行為が悪因縁霊を体に付着(憑依)することで、必ず天(神)は禍をもたらす。」

大祓は年2回の大神事ですが、我々は日々の自祓が必要です。

自分が他人に対して言った悪しき言葉、悪しき行為、心の中で思った悪しきこと、を真心で反省して、大神様にお詫びして、きれいさっぱりと水に流して、これからは、まごころ以て人に接して、一日一日をすごしましょう。

猿田彦大神様は、日々の自祓いを、明く・強く・直(なほ)き・正しき・真心をもって行うことが、人としての歩むべき大道であるとお教えくださっているのであると思います。

神様に全くの「お任せ~」ではなく、絶え間ない深い反省と、もう二度と「悪い考え、悪い言動、悪い行為は致しません!」という強い決意で、「私は神様(天地自然)に生かされている!」という感謝をしつつ、つとめて善行を行って行きます!との決意が、善念が付着し、、健康で豊かで幸せな生活が維持できるのです。

うがいをする・水を飲む・風呂に入る・太陽光を浴びる・・・これも禊ぎの一つです。

※各行為の呪文は、「ありがとうございます~ぅ」です。

憑依霊の解除の大事

  人間の肉体はその人間の内在思考を写し出す鏡でありますので、人間の善い想念でも、悪い想念でも関係なく、その想念通りのものを引き付ける作用をします。ですので、悪想念を持てば、悪い事、悪い体の状態を引き起こしてしまます。 多くは、未練や執着や嫉妬や執念型の未自覚迷妄霊の先祖による交...