(右・福寿海無量 左・智慧海無量)
寿命とは、天から授かっている生命力で、寿徳といいます。
その生命力を縮めてしまう心は、怒り・憂い・悲しみの心です。また、病気している肉体とは、悩んでいる心そのものの結晶したもので、これ以上悪くならないかと心配心も病気を完治することが出来ません。
安定した衣食住の生活力も天から始めから授かっています。これを福徳といいます。この福徳を自ら少なくしてしまうの心は、怒り、恨み、呪い、嫉妬などの悪心です。
本来、お金や富というものは、人を喜ばす事によって報酬として与えられるもの。他人に親切にすることによって入るものであるそうです。
富は必要以上に求めなければ十分豊かにかつ健康で暮らせるように我々は計画されているのだそうです。
だから我々はまず、「お陰様で今日もありがとうございます。」と天(創造神)お日様・八百万の神様に感謝を申し上げるのが先です。
産土様では、福寿海無量ありがとうございます。日拝でも、「福寿海無量ありがとうございます。」と、自然に感謝の言葉が出てきます。
健康なのはあたりまえ、豊かであるのも「俺様」のせい。そして悪い事象は全部他人や環境のせいにしている傲慢心は、神様のお嫌いになられる人間の心です。
日拝では、お陰様でと感謝して、今日も一日、良識・良心に従って、常に利己の為でなく、他人に喜んでもらうことを第一に、正しい道を歩もうと心がけ、就寝前には、それでももし過ち犯すこと有らむをば、見直し聞き直し給えと、考え違いに気づいたならば、それを丁寧に報告して、常に修正を加えることが肝要です。
私は修正、修正、終生遠島の日々ではありますが、それでも情状酌量をいただけているようです。
今年の夏は昨年以上のコロナ禍になりそうです。
感染防止対策は座敷牢での『反省・修正・研鑽』のいいチャンスと心得ます。