2025年12月8日月曜日

日本国国章損壊罪はあったりまえ

 

国家を盛んならしめる一手段は、自分の国を信仰するすること、これなり(徳富蘇峰)

高市首相自ら、その旗振りをして下さっています。日々の高市総理の祈りが、我々日本国民の心を揺り動かし、日本国民であることに誇りを感じさせてくれつつあります。さらに積極財政推進により、家と国との距離を接近せしむることにより、国の基礎を堅固ならしむる道を開いてくださっています。

日本国国章損壊罪はあったりまえの事で、この法案を拒否る政治家がいること自体、まったくオカシイ事で、「貴さまぁ~何人であるか?シナ人あるね!」が結構大勢いるのかも。  自惚れは何人にも毒ではありますが、特に政治家のCINA第一主義の自惚れは危険であります。

日本人は名を愛しみ、シナ人は利を愛しむとは昔からのこと。人の言葉(言語)は人を代表し、犬の言葉(言語)は犬を代表します。人にして犬の如く言い、狼の如く語る。野蛮なchinaの野蛮なchina人は、自ら犬たるなり、狼たるなりです。(チャウチャウと反論しても野蛮なチャウ人には変わりはありません。)

征服の二字は、日本精神と相馳します。日本精神は大和の精神。即ち、包容の精神であり、寛容の精神であります。そして日本人は名を愛しみますが、china人は利を愛しむとは国の成り立ちの違いですから致し方ないようですが、宇宙の大法則である「相互主義」は天地万物、有情無情の境界に一貫している大法則です。んが~、狼シナ人には、分からないので困ります。

不健康や不幸や不運や欠乏やとのバイバイを学びます。

  先日井伊谷宮を参拝した折、宗良親王の御歌に、今の世と同じだなぁと辛くなりました。また、自分も「誠の無き世」に馴れてしまってはいないかと反省いたしました。 世界はさることならじ、大和民族の子孫であるわれわれも、その多くが誠なき民族と成り下がってしまったかのようです。 我のみ、金...