2026年8月26日水曜日

玉虫に学ぶ「魂無私(たまむし)」の心

 

タマムシは、幸運や良いことの前触れを知らせる「吉兆虫(きっちょうむし)」や「吉丁虫(きっちょうちょう)」と呼ばれ、古くから縁起の良い幸運の虫とされています

朝の敷地内巡視の際、この玉虫を見つけ、空ペットボトルに入れて観察。ですが、観察されたのはわたしでありました。
玉虫のまあるいお目。私の穢い心を見透かされた感じを受けました。
先月から己の心を反省して、「我慢我執を去り、無私の精神で行こう!」と日々精進を重ねてまいりましたが、無私の日、無我の時間は少なく、我欲我慢の日が多し、であります。

この玉虫様の思念により、玉虫の漢字は、「私利私欲の無い無私の魂=神の分け御霊」が、私の臍の奥の神棚にあり、「魂無私」で「たまむし」と読むのだ!と諭されました。

玉虫の背の色も輝かしいのですが、玉虫の腹の色も輝かしい!と感動。そこで外から光を受けるわけではなく、自ら美しい光を放つ姿に、天之受売命(あめのうずめのみこと)様が「神懸り」され、タマフリ・フリタマ・タマシズメの自祓いの後、自ずから照り輝かれ、そのサルメ様の御光に触発されて、神々が大いに喜び踊り、触発されて口々に、
「あはれ、あなおもしろ、あなたのし、あなさやけ、おけ」と囃(はや)したとされていることを連想いたしました。

※自祓いによる反省と改心、そして生かされていることへの感謝が幸福・健康・豊かさのカギでありますね。

あはれ」とは「天晴れ」、天が晴れて一点の曇りなき青空のように陽光が溢れ、すべてが光に包まれ世界が明るくなること。 

あな、おもしろ」とは「ああ、面白」、神の光に照らされて顔が輝いて明るい表情。「面が白く」なり、喜びに包まれて輝くこと。                      

あな、たのし」とは「ああ、手伸し」と喜び勇んで自然に「手が伸び」、踊り出すこと。(手放しで喜ぶ)には「手延(たの)し」手を延べるのは人を助け貢献する深い意味。そして仲間との助け合い喜びを分かつこと。さらに自信を持てるだけの働きをして本当に手伸しいくて、手延しい⇒楽しい=仕合せとなる。

あな、さやけ」とは草木も一緒にその喜びの気が当たり全体に沸き起こり、揺れ動くこと。 

おけ」もまた草木や植物とともに新鮮なすがすがしい気が自分と一体となって、そよぎ 靡(なび)き、大きく膨らんで揺れ動くこと。 

(この呪文・秘文は太陽の死と復活と、笑いによる生命力の更新の事実、神人一体となって喜ぶ様でありましょう。神人一体(神懸りと笑いによる「笑福攘災招福」、すなわち「岩戸開き」の業(わざ)こそが神代の事実で、天照大神が天の岩戸からお戻りになり、世界が明るさを取り戻した際、天の岩戸の前で神々が歌い踊って喜ぶ場面の掛け声(秘め事・神術)であり、我慢我執我情を去った後に出現する天上界の善のみの世界ですね。)

※自祓いによる反省と改心、そして生かされていることへの感謝が幸福・健康・豊かさの カギでありますね。

色々と連想させていただきました後、「魂無私(たまむし))様~、ありがとうございます。」と感謝を申し上げて、生け垣のアジサイの葉の上に開放させて頂きました。

※玉虫は絶命した後、いつまでたってもその光沢はアセることがないので、その亡骸をタンスの中に入れておくと、着物が増えるとの言い伝えがあります。着物=服=財産と連想されるのですが、服は福に通ずです。玉虫をめっけただけでも心の福がふえました。とさ。

玉虫に学ぶ「魂無私(たまむし)」の心

  タマムシは、幸運や良いことの前触れを知らせる「吉兆虫(きっちょうむし)」や「吉丁虫(きっちょうちょう)」と呼ばれ、 古くから縁起の良い幸運の虫とされています 。 朝の敷地内巡視の際、この玉虫を見つけ、空ペットボトルに入れて観察。ですが、観察されたのはわたしでありました。 玉虫...