2026年8月31日月曜日

先祖供養の心

 

「○○家のご先祖様方~、ご先祖様達が肉体にお受けになった痛みや苦しみは、肉体を御脱ぎになって昇天される時に、肉体と供にその時点で既に消滅しています。今は魂というもので生きていることを自覚されて、どうぞ!この世に囚われの思いをのこすことなく、本来の魂のあるべきところで、安らかに生き続けて下さいますように!

  うまれきぬ 先も生まれて住める世も まかるも神のふところの内 でございます。

「吾々、子孫一同、常日頃から悪しき言葉・悪しき見解、悪しき行為なく、善き言葉で善き見解で善き行為でもって、遠津御親様方に感謝して日々楽しく暮らさせて頂きます。ご先祖様方もどうぞ日の若宮におとどまり下さいませ」

あの世は意識の世界・想念の世界でありますから、ご先祖を供養するのに、理屈も立派はお墓や仏壇はいりません。物質世界のこの世の物は、精神世界のあの世では一切通じません。ですので、無理なガンバリはしないで、優しい素直な心で、感謝の心を以て、ただただ死者を思いやることが、最高の供養であります。

仏教徒の方は、祭壇にしっかりと捧げものをして、坊主にしっかりとお布施をしなければなりません。また、新興宗教を真面目に信仰されている方は、しっかりと教団に献金しなければ先祖は浮かばれないと御洗脳されておりますので、洗脳が溶けるまで、先祖は浮かばれません。

特に仏教では、先祖にお願いしなさいと説いているところもありますが、先祖にお願いをしても助けてはくれません。お願いは先祖の成仏の(幽界から霊界に行く)さまたげになるだけです。ご先祖様にお願いしては絶対いけません!

ご先祖様へは、家族の善き出来事のみを報告して、感謝申し上げるのみです。

ありがた~い(といわれる)お経を生臭い坊主に唱えてもらっても、ご先祖様が生臭くなるだけであります。※生臭い=現世的な物質の世界的なという意味です。あしからず。

※人間が死ぬということは、死者の側からみれば、この世で考える程重大な事でも何でもなく、生きているか死んでいるかは、肉体を持った状態でいるか、そうでないかくらいの違いです。魂・意識体は肉体の有無に関わらず生きいますので、生前の魂・生前の意識の状態が良いか悪いかが重要です。生前の意識が、怨み、辛み、妬み、怒り、嫉妬、恐怖、恐れ、悲しみなどで満たされていれば、現世的執着の為に浮かばれない霊となり、地縛の霊として子孫に感応憑依するのであります。

ですので、子孫である我々は、けっして心に、怨み、辛み、妬み、怒り、嫉妬、恐怖、心配、悲しみなど持っていてはいけないのです。

坊主の話も、新興宗教の教祖の話にも、乗ってはいけないのです。あの世のご先祖様達は、この世の金銭では成仏いたしません!

大げさで嘘みたいな話ですが、「本当の話」です。

上諏訪「手長宮」へ行ってきました。

(手長神社:主祭神は手摩乳神(てなづちのかみ)別名は手長彦神。彦は日子で天孫族。ユダヤ系民族かもね~。) 10月11日、朝5時に浜松の自宅を出発して、10時に上諏訪にある私の産土神の手長宮に到着しました。私の生誕〇〇年を感謝しての参拝です。ほぼ下道を使っての行程であり、ナビに結構...