2019年5月29日水曜日

まこと考


異常気象と異常者の関係はよくわかりませんが、異常事態・異常な事件の続出。怖ろしい世の中です。
 
それでも清く正しく生きたいと思いますが、ぼ~っと生きていると「さ~っ」と魔が入ってきて、自分が正常か異常かの区別がつきにくくなり、「魔入りました」ってことになりそうです。
 
「いかん」と思って、心を落ち着かせてから神社や神棚に向かうと、頭の中に「まこと」という文字が三角形で浮かびます。
 
「まこと」について調べると、明治天皇御製に、 
 鬼神も泣かすものは世の中の 人の心の誠なりけり 
というお歌があります。誠とは漢和辞典には「いつわりのない心」とあり、昔から幾多の哲人、聖者によって、「神を拝するには誠の心を以てせねばならぬ」と言われています。
 
『続日本書記』の中には「神明の感、誠に非らざれば通ぜず」とか「精誠(せいせい)霊(かみ)に通ず」と書かれております。また、山鹿素行の『中朝事實』の中に、「蓋(けだ)し神と交わるの道は誠にあり。至誠を以て祭祀すれば、即ち鬼神の幽冥(かすかなる)も亦格思(かくし)す可(べ)し」と書かれています。
 
御朱印ハンターなる人達は論外ですが、我々が事あって神社や神棚に向かう時の注意ごとが、次の古歌によくあらわされています。
 
祈れどもしるしなきこそしるしなれ おのが心のまことならねば とあるように神拝の要訣は、只この誠の心を以てするという一言につきようです。
 
まことは眼には見えず、また、見せることも出来ず、感じ取ってもらうしかありませんので、まことにむつかしいです。グワシ!(まことちゃん)
 
 

猿田彦神社の奉賛講大祭に参列。神の教えを賜りました。

 10月2日。猿田彦神社の奉賛講大祭に参列させていただきました。1年に一度、講員挙っての猿田彦大神より常日頃から頂く御神徳・御頼(みたまのふゆ)に対する大感謝祭です。 (10月2日は愛知・静岡両県の講員が呼ばれました。3日は愛知・静岡県以外遠方に住まれている全国の講員が大祭に参加...