生きている我々人間は、善悪を超越した者=神には成れせん。一緒になるか、お会いする
かなのでしょう。
神に成れるのは死してしばらくしてのことですが、今生きている間の心得と修行が大切であるとは、死して神になった方々からの通信で知らされます。それによると、善と悪を超越した者=神と繋がるには火水(カミ)の行を行うのだそうです。
火・・・エネルギー、呼吸と気、生命、噛む、食物、言葉。
水・・・身禊、清潔、さっぱり、風呂、温泉、水垢離。行とは行動です。
エネルギーを伴なっているものです。半歩でも少しでも前進していくというものが大事だそうです。
命の元のエネルギーや生命の根底には善が伴っていなければ、安心して暮らせる世の中を作り出せません。
神は悪しき事、汚き事、汚職を嫌いますので、身禊をしてサッパリとした身だしなみが大事。古いものでも洗ってある洋服を着たり、風呂に入り垢を落とした身体でなければなりません。心も身もきれいになることです。
(『昔の身禊の場は温泉であった・・・』を信じて、六根清浄を唱えながら(日光の)温泉に浸かるのも火水の行になるのでは?)