神様は何時も我々人間の側に在って、その人の考えや行いによって切り替わります。悪いことを考えれば、それ相応の神が寄ってくるのだそうです。
その証拠に天照大御神の御名を唱えれば即座に反応があることが証明できますし、家の近くの神社の神様(産土の神様)が、我々自身の直接の神様となられ、生活一切の面倒を見てもらえるようになります。
かつての伊勢の皇大神宮主典「山口起業」大人の残された明治初年発行の冊子に、次のようにあります。
『天照大御神は高天原(たかまのはら)に神座(かむず)まりまして、天地四方神人神を主宰し、照臨の神徳至らざる無きの義なり。皇大神(すめおおかみ)は統大神(すべおおかみ)の義なり。宇宙を統べて万神(よろずのかみ)の徳を合わせ給うの義なり。この大神の神徳を仰ぎ敬敬粛拝するに、必ずこの大御名を称(とな)うべし。もしあやまちて諸々の悪念を萌(もう)さば、この大御名を称うべし。もし諸々の善念を発せば、この大御名を称うべし。もし諸々の幸福を得れば、この大御名を称うべし。もし諸々の災厄を被れば、この大御名を称うべし。能く此の如く心に誠に此の大御名を称うるときは、悪念は忽(たちま)ち消して善志に移り、善念は愈々(いよいよ)張りて行いを遂げ、幸福は益々大にして子孫に伝え、災厄は変改して福祥(フクショウ:さいわい)となり、終身(一生涯)服庸(心にとめてわすれないこと)して此の如くなれば命終の後、高天原に帰して無量の福祉(生活の安定充足)を受け、その徳、九族(高祖父・曾祖父・祖父・父・自己・子・孫・曾孫・玄孫にわたる9代の親族)に延きて、共に娯楽を蒙ること更に疑いなきところなり。・・・・』
神棚にも産土神社にも、心から普段の事故災害や衝突(物の人も)から守って頂いていることに感謝しています。
正神に感謝し、正神に好かれる事で、自分も周囲もだんだん変わってきます。時間はかかりますが倦まず弛まずこのことを続けたのならば心の安寧は間違いなしです。
(神様にもいい神様と悪い神様がいます。正神さんには正眷属神さんがお働きになっています。正神の系列につながることをお勧めします。)