2023年2月5日日曜日

神眼と魔眼の差は我慢も大事の巻

 


地形をそのまま利用した古代の神社そのままの状態で今も御祭りされているのは、世界広しといえども日本だけです。日本が決して滅びないのは、昔からの手振りを忘れないからです。

「神は神なるがゆえに、信ずる」のが基本です。しかし、己の都合が良くなるためだけの信心があたりまえのようになってきているのがとても気になります。日本の存続が危ぶまれます。

有志5名で訪問した縄文来神社ツアーでのこと、写真の水神様の水で目を洗うと目が良くなるという立て看板がありました。我々が水の神様にご挨拶をした後、揃ってご神体である御山に遥拝しておりました。ふと後ろの水神様の方に目をやると、ツアー参加の一人が、川の水で、眉間のところ洗っている様子を目にしました。

「はは~ん、神眼をもっと開いてくれるように頼んでた~?」というと、恥ずかしそうにもじもじしていました。我々のグループには、己の都合が良くなるだけの希望・願望は良くないとしていますので、それに恥じ入ってのモジモジであったのかも知れません。

しかし、何も恥じ入る行為ではありません。そのメンバーは神様からの啓示で、『オデコの眼をもっとパッチリさせてやろう。この水でオデコの縦目を3たび洗え!』と宣られていたので神様の言われる通りしただけでした。(さすが我々のメンバーさん。茶化してすみません。)

神眼が開くということは、こういうことです。誠を尽くしていると神眼を授かるというか、神様が眼を開いてくださるのです。
(竹生島で弁財天さんに眼を洗っていただくと神眼が開かれるのです。)

だから、「目を開けてください」とお願いしてもダメです。無理やり開けると魔眼が開いてしまいます。魔眼(マガン)だけに我慢(ガマン)が足りないと怖い物ばかりが見えて真面な日常生活が出来なくなり、精神病院に入ることになりますので注意が必要です。

神仏はどんな事でも素直に信じて実行する者には、きっとすばらしい喜びを与えて下さいます。また、外形に左右されない生き方が大事です。

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