昭憲皇太后の御歌
「親」『なほざりに ききてすぎにし たらちねの 親のいさめぞ いまはこひしき』
[口語訳]深く心に留めず聞いて過ごしてきた親の戒めの言葉が、今となってはしみじみと懐かしく思われます。
祖霊拝詞(それいはいし)を唱えてますと、事あるたびに父母のいさめ・教訓が思い起こされます。昭憲皇太后の御歌で深く感じ入りました。
会社の近くに古書店が2軒あります。昼休みの休憩時間に本の背表紙を見に行くのが楽しみでもありました。その1軒が閉店の為に在庫売り尽くしで「3割引き!」の張り紙につられて入店。入店して10分で3冊購入。昭和33年初版発行の本が一番古いのですが、それぞれ当時の値段を合計しますと1万円します。時を経れば良書が507円で入手。新刊本を扱う書店では、絶対にお目にかかれない良書との出会いは、古本屋ならではです。(3冊とも、背表紙が光って見えました。)
本当の本当の事を良書で、「そうなんだ、そうなんだ」と確認できる幸せも同時にゲットできた感じがします。
チョッとこの先、私も世の中もどうなるか分かりませんので、生きている間に自分だけの理解に終わらせず、何とか伝承しなければと思います。
(新千円札の肖像画に採用された北里柴三郎博士)
大正時代、北里研究所に奉仕していた曾祖母の口癖、「死んで花実が咲くものか!生きてる間に人のために尽くしなさい!」が頭の中で響きます。
「死んで花実が咲くものか」の由来は、枯れて死んだ木に花が咲いたり、実がならないことから。死を望む者に対して、むだに命を捨てるものじゃないと言い聞かせる言葉ですが、
亡き曾祖母の口癖を聞いて育った今は亡き祖母と、今は亡き母からは、曾祖母の言葉の意味「死んでからでは人様の役に立てないのだから、生きている間に人様に尽くしなさい」と聞いていたのだそうdす。家訓(みおしえ)だなぁと感じます。父方側の家訓は「何事にも誠実(赤き心)で」です。 今一度、
昭憲皇太后の御歌
「親」『なほざりに ききてすぎにし たらちねの 親のいさめぞ いまはこひしき』
[口語訳]深く心に留めず聞いて過ごしてきた親の戒めの言葉が、今となってはしみじみと懐かしく思われます。「生きている間に、世の為人の為にと励みます!」 曾ばあちゃんの名に懸けて(迷探灯、枯難)