2019年11月22日金曜日

バーロージジイ



(昨日の事:爺がね、いい年こいて「わ~っハローケティだぁ~」なんてスマホで写真を撮って、自分の後ろの気配を感じ振り返ったらね、若いお母さんがハローキティをバックにベビーカーに乗せた自分の子供を撮っていた。「ごめんなさい。気が付かなくて・・・」と謝ったら、「シッ、録画です!」とムッとされた。爺の声が入ってしまったのでした。「バ~ロ~ジジィ」)

善意とは①よい心・善良な心②他人の為に良かれと思う心。逆に悪意とは①他人に害を与えようとする心。他人を憎む心。②意地悪い味方。

社内に口密腹剣「口に密あり、腹に剣あり」で、言葉は優しいが悪意を抱いているような人が居るとストレスが溜まります。

また、社内に善意が解る人が少ないと楽しく仕事が出来ません。家庭にあっても善意が解る夫、妻でないとその関係は冷めたものとなり居心地が悪くなり、その関係は長く続きません。

世の中は全てが自己中心的となり、人と人との関係や会話や態度、心の疎通などで全く適応できなくなってきているようです。

会社でも家庭でも共同作業ができないのは、妥協したり、思い直したり、相手を認め合うといった心のしなやかさが失われてしまうからでしょう。

人は互いに助け合い、補い合ってしか生きていかれないということが身に染みて分からされる日が近いのだそうです。

他人を助けるにも先ずは「準備と心構え」が必要です。

クワバラクワバラ

2019年11月21日木曜日

産土神様憑代石エネルギー更新

私が生まれた処(信州上諏訪、湯の脇地区)の産土神社には神職が常駐していないような小さな神社。昨年産土神社の境内に落ちていた子供の拳大ほどの石を拾って、産土神の憑代(お札の代わり)にして家の神棚に祀っておりました。
 
頂いてきた小石は何者かは分析していただいておりませんが、何となく溶岩のような感じがしました。
 
(上諏訪は6000年来の温泉地であり、まさかその当時の石のかけらが現代の産土神社の境内に落ちているとは考えにくいですが、私は又の名を「思い込みの命」を自称。信じています。)
 
来年に向けて神棚を清掃するにあたり、産土様の憑代の石を信州上諏訪の源泉かけ流しで禊いでいただこうと、某温泉宿のうたせ湯で浄化いたしましたところ、その憑代石の表面に白蛇の模様が浮かび上がり、裏面には龍神の正面のお顔が浮かび上がりまして、ビックリするやら、感激するやら、恐れ多くもあり、身も引き締まる思いです。

 
(見にくいですが真ん中の茶色の石が6000年前?の石です)
 

温泉かけ流しの禊を済ませた産土様の小石を持って、早朝の産土神社の境内の賽銭箱の上にお座りいただき、産土神様を称え奉るノットを奏上。来年また1年お世話になります。



2019年11月19日火曜日

幼ごころで


那須温泉(ゆぜん)神社に参拝しました。御祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)・少彦名命(すくなひこなのみこと)・誉田別命(ほんだわけのみこと)です。
私が到着したのは土曜日の9時半。参拝客もまばらで、じっくりノット(例の太祝詞)を奏上しますと神々さんといい感じになれるようです。

神籤にも、教え:『怒りは無謀をもって始まり、後悔をもって終わる』
「言」では、また、最高のお授けを頂きました。
「言」:『人間が幼ごころを 今度は再び自分の叡智の中に見出すことを 神は待ち受けています。』

色々知識を詰め込んで、知ったかぶり知識では人も神も反応しくくれません。見返りを求めない幼ごころが人や神を動かすのでしょう。


境内社の「見立神社」でも暖かい反応を頂きました。御祭神は、天児屋根命様です。
太祝詞を唱えている最中、合掌した手の掌がブワ~ッと熱くなり、それが体全体に広がりました。
まるで温泉に浸かっている感覚に見舞われました。

境内奥に右側には、九尾稲荷神社があります。我欲の願いをする人が多いのか、ちょっと寒い感じがしましたので、稲荷大神秘文の祝詞と太祝詞で稲荷大神と眷属神さん達の神威を褒めたたえる気持ちを込めてノットを奉唱させていただきました。

「神様方、私は放屁はしておりません。私でないです。」と言い訳なんかしなくても、境内には硫黄匂が充満しておりまして、意外と結構いい匂いに感じられます。

自宅の浴槽の中での「ボフッ、パカ、プ~ン」の硫黄匂も自分のだから悪くないですね。

2019年11月18日月曜日

人間の思い上がりの末


「殺生石」の由来を先師から聞き及んでいたので、何時か行きたいとの願いが叶いました。また、金毛白面九尾は既にいないとも聞いていましたが、本当に居ませんでした。(しかし、まだ修行中の狐は上の方にキョロキョロしていましたので、気を付けなければいけません。)

「人間には不幸か、貧乏か、病気が必要だ。でないと人間はすぐに思いあがる」とは、ロシアの作家、ツルゲーネフの名言ですが、那須殺生石のちょっと下には、生きながらに地獄に落ちる伝説の教傳地蔵が祀られています。(ちょっとぉ、私に似てません事?)

人間の思い上がりが過ぎると天罰を受けるとの戒めなのでしょう。その周りの千体地蔵といい、生きながらに地獄を見る日が本当に来そうでドキドキしました。




あっ、エッ?硫黄(アエイオウ)


最近心身が圧迫されているかの感じをなんとか払しょくしようと、仕事での出張先から栃木県那須町湯本にある「おおるり山荘」の温泉に浸ってきました。出張先から電車とレンタカーを走らせ、17:30頃宿に到着。19:00・22:00翌朝4:30とたっぷり硫黄の温泉禊ぎが出来ました。源泉かけ流しでありましたが、先の大雨の影響?温泉の温度は38℃~40℃。露天風呂は外気の影響を受けていて冷泉の禊となりそうでしたので入らず終い。翌朝は、ビューティフルな日の出に合掌!ノット奉唱!お日様による禊ぎを受けることが出来、心身の重みも軽くなったようです。

8時に会計を済ませ宿を出ると、アッ、あ、葦を発見。さっそく真っ直ぐそうな葦を40本くらい刈り取ることができました。
那須与一のお導き?天候不順で毎年足を刈り取る場所とタイミングを逸していましたが、おかげで来年用の破魔矢を作ることができます。
 

さらに、「エッ、え、」矢の羽の部分に使う葉ぶりの大きなヒイラギも発見。これで来年襲い来る魔界の使者を射殺すほどの破魔矢が出来そうです。 
ッと葦を見つけ、ッっとこんなところにヒイラギが、温泉はイオ泉。続けて発声、「ア~エ~イ~オ~ウ~!」「ありがとうございます~。」最近の気分の落ち込みは、悪天候やら「揺れ」など大変な出来事の前触れ感知じゃなかろ~か?外からくる悪魔も自分の心の中に住まう悪魔も、自ら祓いに祓わないといけませんね。

神に「まつら」って、無難に、無理せず、幸せに生きる

  多くの人は今や神社仏閣に詣でて、自我による頼み事をするのが当たり前と思っています。 これも、「今だけ金だけ自分だけ」で生きなければ、この世の中、上手く生きていくことが出来ない。損得勘定が当たり前で、自分さえよければそれでよいとでも思っているのでしょう。しかし、はたしてそれで本...