2020年1月13日月曜日

物金より健康でしょう



(医王山薬王院油山寺境内に鎮座する光明稲荷大明神)

油山寺境内の入り口近くに「光明稲荷大明神」がお祭りされていましたので奥まで上がって登ってご挨拶をしました。

真言を唱え、光明稲荷大明神さんのご開運とご安全をお祈りして階段を降りる途中、首の襟を引っ張られた感じがしたので立ち止まり振り返ると、『願い事は何か?』と言われた感じがしました。

「心身息災をよろしくお願いします。とだけ申し上げると、

『多くの人間は、稲荷神を商売繁盛の神と心得違いをしている。本来は、健康で幸せで心豊かにがご利益である。であるから、まずは心身の息災、無病息災延命長寿を願うのじゃ~』という感じがしました。

このように感じましたが、正しいでしょうか?と自身に問うと、「正しい」との反応が出ました。

これからの時代は特に物金より、まずは心身の健康が大事でありますね。




精霊現れる



医王山薬王院油山寺のご本尊は薬師如来さまですが、お山の守護神としてお姿は天狗の「軍善坊大権現」が祀られています。霊験は「足腰の守護」です。

境内には天狗さんが住まわれていた大木の切り株が安置されていました。近づいて天狗さんが浮き出ているような模様をアップで取りました。

奥の森には、洞が数か所ある気が気になり「長い間ご苦労さんです。」と声をかけました。

無視をしたり粗末にする人間には、良くないことが起きます。気づいてやさしい言葉をかけるだけでも供養になるようです。

行基大徳開山のお寺、油山寺

(医王山薬王院油山寺 静岡県袋井市村松1番地) 

遠州三山の一つ医王山薬王院油山寺。大宝元年(701)に行基大徳に」より開山された真言宗のお寺に行ってきました。

(開山される前は、白山大明神が支配されていた聖地だったのかな?感しですが)

行基大徳は、すべての人々の穏やかな暮らしと無病息災を祈るため薬師如来を安置されています。

749年(天平勝宝元年)には孝謙天皇が眼病平癒を祈願され、境内を流れる「るりの滝」に加持祈祷を行い、この霊水で御目を洗ったところ病気が全快したそうです。

現在では、目を守護する仏様とか心の病を癒し心眼を開く「心身安楽」の仏様をお祭りするお寺として深く信仰を集めているお寺です。

治療の時には多くは神々様及び神々様の眷属神さんのお力をお借りするのですが、行基大徳さんや天狗の精霊さんにお力添えを頂くことがありますので、行基様つながりでのご挨拶でありました。

油山寺ホームページから拝借した写真。

奥に菊の紋が見えます。油山寺は元はやはり神の御山。ここで祈祷してもらえば、病気など簡単に治る気がします。

2020年1月12日日曜日

用心と備え



1月11日のお昼ごろ静岡県袋井市油山寺の上空。。

青空なのに太陽の光と雲の形が気になってってスマホで撮影しました。

神仏が危険を人間に知らせるのに、具体的な言葉で『ああしろ、こうしなさい。』とは言
われません。

「言葉にならない自然の現象を読み解け!」とは、神仏と直結できた聖人の言葉です。

人間の知恵と力では何ともできませんが、心配することと用心をすることとは異なります。

備えはしておいた方が安心です。

2020年1月8日水曜日

災い転じて幸いと成す法


稲毛神社 主祭神(タケミカツチの神)配神(フツヌシの神 ククリヒメの神         イザナギの神 イザナミの神)
 
恐怖と不安が渦巻く昨今です。
 
稲毛神社本殿横のお御籤自販機前(正面、賽銭箱左手)で、「どのような心がけで今年1年過ごしたらよいでしょうか?お教えくださ~い」と祈念して100円を投入、神籤を頂きました。神籤(神の教え)には、
 
過ぎたくり言(ごと)取り越し苦労、神の授けの身をやぶる と書かれていました。
意訳【取り返しのつかぬ過去の事を、くり返して思いなやんだり、どうにもならぬ将来の事を案じ煩うのは唯心をいため身を害うだけで、何のやくにも立たぬ愚かな事で、この地上では豊かで健康で幸せであれ!と神様とのを約束を破る結果となるのである。今日は唯今日の事を、面白く楽しく(あな面白し、あな手伸)、(強い心で今、私は幸せであると)神様を念じつゝ、(正邪を立て分けて清浄な心持で)正しい心でやって行く。(さすれば、大難は小難に、小難は無難に、)災いが転じて幸いとなる。

大変な世の中ですが、自分の身は自分で守る!との強い心がけ必要ですね。
 






2020年1月7日火曜日

今年もガンバロ―!

(ガンバロー)

 今年は誰しも大変な目に遭うのだそうです。

でも人は苦しい目に遭うことで魂を磨くことが出来るのだそうです。

先祖の延長線上に祖神がいらっしゃいますので、まず先祖の祭祀をしっかりして自分を磨けと言われます。

今の一般の寺は滅亡と同然ですので坊主に頼ってもダメです。

神を崇めるのは良いと言われます。しかし、他神を頼っていては救われません。特に新興宗教などの教えに囚われれば邪道なので救われません。

『他神有りて守るにあらず』とは、わが身わが体は自己で守れということです。

人間は普通、霊5+体5でバランスが取れているのですが、今年からは霊6+体4にまで霊を主にしなければうまくいかない世の中になるとのことです。霊6+体4で神様の内流が下るのだそうです。最高で霊8+体2だそうでが、それ以上は3次元に居る必要がなくなるのでしょう。多くは体6+霊4以上の体主霊従でまだまだ物・金が命より重いと考える体主霊従が幅を利かせている世の中です。

我々は自分の神に「大難は小難に」と祀り替ってもらうにあたり、懺悔と感謝を忘れずにいたいものです。

2020年1月2日木曜日

令和2年の先行きを明るく


令和2年、あけましておめでとうございます。

昨年の大祓で宣る太祝詞の言霊の啓示は、自らの天岩戸を開き、自ら輝いていれば、迫りくる大難を小難に小難を無難に変換される、『天晴れ(あっぱれ) あな面白(おもしろ) あな手伸(たのし) あな清明(さやけ) おけ~!』 という言霊でした。

今年も様々なことが起きそうで暗くなりがちな年になりそうですが、日々の生活で善悪を自らが立て判けて悪しき事、悪しき考えを取り入れず、悪しき人と交わらず、正しきこと、善き事を自らが判断して取り入れて、善き人と交わりていくことを心掛けて生活していきましょう。

ポイントは、何があろうと、何が起きようとも、「今、私は幸せだ!」と言い切る、念じこむことで、自らの天之岩戸が開けるのです。先行きが明るくなるのですね。

令和2年も皆様にとって善き一年となりますよう、お祈り申し上げます。
         
                               観玉 拝

神に「まつら」って、無難に、無理せず、幸せに生きる

  多くの人は今や神社仏閣に詣でて、自我による頼み事をするのが当たり前と思っています。 これも、「今だけ金だけ自分だけ」で生きなければ、この世の中、上手く生きていくことが出来ない。損得勘定が当たり前で、自分さえよければそれでよいとでも思っているのでしょう。しかし、はたしてそれで本...