2024年6月18日火曜日

方便の合掌ゲロゲ~ロ

 


病気を恨んでいてはいけません。なじぇなら、病気は身から出た錆だからです。気の強い我の強い人は、「私は何にも悪いことはしていないのに、なんで私がこうなるの?」と思うでしょう。自力を信じ、自力を出せば、自力で倒されるのです。そして、病気を恨んで、治せない医者を恨んで、周囲の健康な人を妬んでいてはいけませんのことよ~。

神を信ずるとは、目に見えないものが、目に見えるものを支配しているのであ~るということを知ることです。我々は目に見えない世界からやって来て、目に見えない世界に帰っていくことは明々白々なのに。あ~それなのにそれなのに、メリーさんメリーさん、どうして目に見えない神様を信じれないのかなぁ~。

奇跡を現わしてくれたら信じてもいいとか、信じてやるという人がとっても多い。

けど、神様は神様を信じて敬って畏れんで、まことをもって家族のため、先祖のため、遠い先祖のため、他の人のためにわが身を顧みず頑張っている人には、それ相応の福を与えてくださるのです。(神判記実を読んでください)

病気になってもスッキリ治る人もいれば、直らない人もいます。病気がスッキリ治る人は、有るがままを、有るがゆえにありがたいと感得できる人です。

痛みがいたるところにある人を治療して、一か所の痛みが取れると、感激して、「わ~っ、痛くなくなっている。ありがとうございます。」と喜んでくれる人は、どんどん痛みがなくなって元気になれる人です。

逆に、「でも~こっちの痛みはまだあります。(ムス~っ)」と不機嫌さを表す人には、エネルギーは入っていきません。てゆうかぁ、ユウカの(やる)気も失せがちになります。

神様に対しても、人に対しても、「方便の感謝、合掌」には中身がありません。

合掌の左右の両掌は、つかず離れずの粘着力。その粘着剤は、まことの心です。

力ずくの合掌には我が入ります。方便の合掌にはスキ魔が入ります。二つ合わせてガマ。

ゲロゲ~ロ、ゲロゲ~ロ、ハチニンコ。






6月29日の講習・治療・大祓

 

  • (太陽の隣にニコちゃん太陽さん。太陽の本当の色は緑です)

「雑念と妄想を追っかけていては、いつまでたっても精神の統一は出来ない!」と先師。

精神統一とは、心に方向を与えることです。頭(思考)に頼れば、頭で考えた範囲の結果しか現れませんのことよ~。でした。

「チッ、ついてなえなぁ~」「なんで俺なんだよぅ」等、嫌なこと一切も、病・不具合・不運の全ては、自分の思考です。不安は不安を呼び、疑心は暗鬼を生むのです。

以前勉強会でお伝えした、「お○み○み〇ぎ○む〇が〇」または「○む〇が〇」を合掌してボ~ッとなるまで唱えていると、思考が停止すると同時に、心のわだかまりや気がかりや心配事が消えるのでしたね。

「まこと」の世界(絶対の世界)と同化するために、心に方向を与えるために、立って太陽を仰いで、その光を満身に受けるのでしたね。

今月29日(土)のLポート可児でもう一回お伝えします。が、講習1時間。残りの6時間で大祓全員治療を行いますね。

「覚悟しやがれぃ、この~御ヤロウ・御メロウども!」でなく、  

「しっかりね!皆さん」で、「いいんじゃな~い。」の心持で頑張ります。



2024年6月17日月曜日

やらせてぇ~オジサン、治療する

 

(友人の目の前に現れた白蛇のイラストをパクリ)

我々の命の守り刀である大御神様の御心には、人によっての分け隔てはありませんけれど、人間側より大御神様への敬い度、信じる度合い、お誓い度によって、幸福を受けるのに深い浅いができるのだそうです。

先の土曜日、友人と二人連れ添って、神奈川新百合ヶ丘で現代医学で療養中の私の友人の友人へのエネルギー療治に行ってまいりました。

エネルギー治療でよくなるなど、半信半疑の病人様でしたが、友人のたびたびなる説得と、直接治療を「やらせてぇ~やらせてぇ~オジサン」のくどくどしい要望で、今回初めての直接治療となりました。

(遠隔では本人の理解・了解を得ずの治療を何度か行いましたが、目に見えない世界の大御所(大御神)様に確信が持てない方には、何とか直接お会いして、宇宙エネギーを何とか体験していただいて理解いただくのが第一の目的でした。)

お話を含めて約1時間の治療でしたが、友人の真心のこもった説得もあり、何となく信用していただいたようでホットとしていますが、あとは私の遠隔治療力と真心にかかっております。

「どうでしょうか?」と質問。『いいんじゃな~』と宇宙エネルギー様。嬉しくなって、さらに治療がやりやすくなります。

今朝、「仕事に出かける際、白蛇を見た!」とラインが友人から入りました。夢ではなく実物の白蛇だそうです。

「よかったね~、友人の病気が快癒するといいね~」と私。

「俺もすぐにそう直感した」と友人。

白蛇=金運、金儲けと直感する物欲短絡人間じゃないのです、我々は。

「まことちゃん」つながりの友人を持っていると思うと私は嬉しくなりました。

【白蛇様の私が思う勝手なお告げ】 寿命がある限り人は死なないものではあるが、病気になったら死ぬという恐怖心は祓わなければならない。病気と寿命は別物であるので、これ以上悪くなったらどうしようとか、直ろう、治そう、まだ死にたくないなどすべては、自分本位の打算から生まれるのであるから、これら取越し苦労で力んでいたら、完治快癒は望めない!

【やらせてオジサンの感じ】 おでこに手を当てると療養人さんには、自分本位の打算、取り越し苦労というのはなく、すっきりと落ち着かれていました。現代医学の主治医も素晴らしいDR.で、病人様は全幅の信頼を寄せている感じがしました。完治したら私にも全幅の信頼を寄せていただけるかもしれません。

2024年6月12日水曜日

祭祀ある身?

「自分の都合の良い時だけ神様に祈ってお願いしてはいけない!」と、だ~いぶ以前、先師から言われました。このことを真解するのに時間がかかりました。

また、人間の目に見えない神霊や霊魂など未知の空間エネルギー意識体(気神様)の存在に自分は生かされているということを信じ認める事が先決であ~る!のでRとも。

そして、「普段から祈れ!」いのれ、いのれ、お~れ~いのれのれのれの~れ!ジャパン!

そして、祈るということは、人間の目に見えない神霊や霊魂など未知の空間エネルギー意識体(気神様)の存在に生かされているということを認める事です。

目に見えるものしか認めないという人には難しいですが、目に見えない世界を認めたからにはしっかりと祈り、祭祀すべきものを祭祀するのが正しいことです。間違った亜流のものを信じることは、天津罪であ~るとも。

しかし、あぁ何た~るち~やで、何事もなく順調に過ごしていると「神狎れ」してしまう時があります。

そこで、「口語 神判記実」 神異霊験実話集 (山口起業 原撰)山雅房 を読み返しています。

正しい祈りと正しい祭祀で災いを転ずることができます。

そして神は人の祈りを観察し、それぞれの祈念に応じて力を発動されるとのことですからね。

【今月の予定が変わります】

6月15日・16日は出張治療で神奈川県横浜市に伺います。さらにちょっと短い脚を伸ばして東京さにも行ってきます。時間が合えば何かお伝え出来るかも。ご連絡ください。

2024年6月6日木曜日

食事心配し からの~ 食事神拝詞



(味菜)

食養が大事なことは実践してみてすぐにわかります。特に、「盛リセデス便通」が、やっぱいい!

我々に食べられて喜んでくれるものを食べなさいと、神様は初めから人間の食べるべきものを用意されていました。

一番高いエネルギーを多く含んでいる玄米を主食にして、副食はできるだけ植物にするとよいです。油(ごま油)と塩(良質な塩)は絶対に欠かしてはいけません。
(※白い砂糖は魔界からの贈り物)

何を食べたら病気が治るのか、健康になれるのかは、神様が用意してくれた食物を感謝して食べればよいに決まっています。これを守れば食事に心配はありません。

また、完全菜食に徹すると感が働くというかインスピレーションが湧きます。

牛・豚・鳥など、殺される時に苦しみや悲しみの意識が働き、肉や油に念が籠りますので、過食すれば体に害が出てきます。また、動物の油は人間の体内で解けませんので体に付着します。(特に血管) 肉は出来うる限り少なくして、野菜を多くとりましょう。卵も鳥の餌も悪いので食べ過ぎるといけません。

玄米と野菜以外はすべて酸性食です。酸性食をやめれば病気も早く回復して健康な体に戻ってゆきます。

後は、感謝して、喜んで、よく噛んで、食事をしましょう。                (下記に感謝の食事神拝詞を紹介します)

 【食事神拝詞 手順】

(合掌)

(二柏手)

天津神(あまつかみ) 国津神(くにつかみ) 豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)

産土大神達(うぶすなのおおかみたち)の 恩頼(みたまのふゆ)をよろこびまつり 

拝(おろが)み奉(まつ)らくと白(まを)す

(二柏手) 

(合掌)頂きます。

2024年6月3日月曜日

自分でAY(エイヤー)

 


日之大神の癒しとは、障りのある人の不安、ストレス、恐怖、イカリを取り除き、代わりに調和・平和・安らぎ・喜び・ワクワク・豊かさ・楽しさのバイブレーションである太陽光線で満たしてくれています。

宇宙から定期的に無尽蔵に届けられるエネルギーは、太陽を経由して太陽光線として我々に放射されています。そうであるということを認識して日拝することが大事です。そしてその太陽光線の最終的な目的は、我々人類本来の面目を覚醒させることなのでしょう。

 人類本来の面目には、敬神崇祖ということがあります。

古代の人間が持っていた、敬神崇祖そういう心意気というのはどんなものであったかということに立ち返ることが日々の祈りです。

自分に感謝し、自分を生かしてくれている先祖や天に感謝する心を持つ事が大事で、そうした心持ちを取り戻し、食生活を初めとした規則正しい生活に対して意識が働くことが大事です。

必死になっての修行や魔縁につながるような瞑想などをは、まったく必要ありません。

以外に難しいことではありますが、日々の生活を大切に毎日を丁寧に生きることが本当に大事な修行ちゃ~修行です。

日々の恵みに感謝して日常を丁寧に、人生を丁寧に生きる。=地に足を着けた生活をするということ。背伸びをしない、無理をしない生活で、幸せな人生を生きましょう。

食べ物に感謝しながら、おいしく食べる。嫌なものに目を向けない、意識しない。

誰が言った、彼がやったの他人軸を信じるのではなく、自分の意識を取り戻し、自分の声を聞く自分軸で行動し発言する事を心がけましょう。

借り物AIから自分でAY(エイヤー)です。

何かまとまらないけどEY(イイヤー)です。

感謝感激のウィンウィン

 

【奥山半僧坊大権現。僧ではなく古代バビロニアから来られた天孫族で神様です。猿田彦大神の分身であると感じる私です。信じるか信じないか?それは私次第です】

病気の人は暗くなりがちですが、少しの改善でも大きな喜びを表す人は内臓や細胞が活発に働くようになり、病気が快方に向かう人です。

逆に不安感があったり、少し改善しても別の処が痛いとか、気持ちが悪くなるのでご飯が食べれないので体調もすぐれないとか、ちっともよくなっている感じがしないなどと、何から何まで不満を持つ人は、体の細胞等は喜びませんので、周囲の人に対しても優しさを発揮できないため、治療をしてもその効果が表れにくいです。

本当の意味での感謝と感動の無い人は治し難しいです。

また自分の病気に対する不安は、Dr,や医療従事者や周囲の人に対しての猜疑心不信感となって、当人の顔の表情も暗く、目の奥には優しさや思いやりのまことが見えません。そのような人に見つめられると気味が悪いです。

方や、あそこが悪い、ここが痛いと訴えてきた人が、その不具合の一つ一つが解消されるにつれ、「あんれ、さっきまで痛かったところが、今は何ともねぇだ、大した先生だこと。ありがとうごぜいますだ」といちいち感謝感動してくれると、快癒の連鎖が起き、こっちの細胞まで喜んで、「オラの気分もええだぁもし」となるのであった。

治療に分け隔てや差別はないように心がけていますが、感謝感激のウィンウィンであると、治し甲斐があるっちゅうもんです。

憑依霊の解除の大事

  人間の肉体はその人間の内在思考を写し出す鏡でありますので、人間の善い想念でも、悪い想念でも関係なく、その想念通りのものを引き付ける作用をします。ですので、悪想念を持てば、悪い事、悪い体の状態を引き起こしてしまます。 多くは、未練や執着や嫉妬や執念型の未自覚迷妄霊の先祖による交...