2022年11月12日土曜日

験担ぎにどうぞ。

 (宇賀弁財天:上野不忍池)

諏訪の大明神は、龍蛇神とも宇賀弁財天ともも言われています。
商売されている方は、家の戌亥(北西)に、上の宇賀弁財天をプリントアウトして、辰巳(東南)に向けて、貼り付けておいたらいいでしょう。

(じーっと見ていると、幸せと財産を奪われるかも) 

宇賀弁財天は、(辰巳)東南からやってくる、人々の幸福や財産を奪い災禍を及ぼす荒神の家来の三悪神を象徴する「カエル🐸」の障礙の働きを封じてくれるのだそうです。
(※三悪神とは、「貪」「瞋」「痴」の三障の化身の荒神)

戌亥(北西)の方角を富や福の源泉として祭祀することはが古来よりあります。

上野不忍池の弁財天堂や諏訪大明神(宇賀弁財天)がおられる諏訪大社への参拝も、神々様とコンタクトできる方とご一緒されるといいですね。



2022年11月8日火曜日

毎日の祓い清め

 

大御心の365日。残すところ54日です。

国内も世界も「どうかしてるぜぃ!」と、嘆いてはみてもどうにもなりませんが、少しでも良い考え方を、次世代に残してあげたいと思う次第です。

明治天皇御製(M.40年) 「述懐」

よこしまに 思ひな入りそ 世の中に すすまむ道は はかどらずとも

口語訳:この世の中を、本来よこしまなものと思い定めてしまってはいけない。たとえ、自分の進もうとする道が、思い通り順調にはかどらなくても。

明治天皇御製(M.44年)「をりにふれて」

なにごとも うつればかはる 世の中を おもふがままに なるとおもふな

口語訳:何事につけても、時勢が移れば自然に変わってゆくこの世の中を、おのれ独りの思うままになるなどと勝手に考えてはならぬ。

この世の事は、自分とは全く関係のない世界ではなく、自分の考え方や生き方が、長いものに巻かれたにせよ、大なり小なり反映されているのだと思うと、自分の傲慢な考え方や生き方であったことが、とても残念です。

大御心の365日で毎朝、祓い清めていただいております。

信じること

 

明治天皇御製 

いにしへの 姿のままに あらためぬ 神のやしろぞ たふとかりける(M.45年)

口語訳:昔のままの姿を伝える神の社をおろがむことは、日本民族の生命の源をしのぶことです。

 わがくには 神のすゑなり 神まつる 昔のてぶり わするなよゆめ(M.43年)

口語訳:我が国は神の後裔である。神を祭るという昔からの習わしを決して疎かにしてはいけない。

 我々日本人は、大御神の分霊(ワケミタマ)を頂いている大御神の末裔でることを理解し信じる事が大事です。そして、大御神の御心に親疎(分け隔て)は無いということも事実です。

それではなぜに人によって幸福に深浅があるか?ということですけれども、人間より大御神様にお誓い申し上げる心の厚薄によって、幸福を受けるのに深浅が出来るのでしょう。

 

正しい信仰は、大御神を初め、正しい神々を祈り奉ることであり、遠い先祖の追福を営むことが、我々日本人の祖先礼拝(感謝)の基本ですね。


2022年11月6日日曜日

感謝感激天(アメ)阿波礼(アハレ)

 

(興玉大神 御名 猿田彦大神) 

お礼参りがしばらく叶いませんでしたが、8波が高くならないうちにと、二見興玉神社、猿田彦神社、伊雑宮、お伊勢参りが叶いました。かなりハードな感謝・感激ツアーでした。

御利益なんぞ言挙げせずに、ただただ感謝で神様に向かいますと、具体的なお示しを頂きました。

二見興玉神社でお頂いた御神籤の「神の教」には、                 『小さき榊のその一枝に、心込めたる御玉串                     神様と結ばれる心の糸は清くなければならない。清くなければ、神様に心は通じない。世の爲、人の爲に汗をかくて紡ぐ清らかな心の糸こそが、神様と結ばれるかけがえのない絆である。神前に供える榊の小さな一枝に、心を込めてお祈りを捧げ、神様の御心に寄り添い生きることが、神様の御末たる人の務めである。』とお諭し頂きました。

ちょっとしたことで有頂天となり、他人と比較して、小さき事でも欲をかく、GET、ゲットの浅ましき世の中に流されず、「世の爲人の爲に命も長く尽くさしめ給え」と、お誓いした次第です。

 





2022年10月22日土曜日

信仰は必要ですが


 人間はどうしても形あるものにとらわれがちです。ですので、目に見えない存在に感謝するということがなかなかできないのです。そういう意味からすると、仏教のように偶像を通じれば、感謝しやすいということはあります。

仏教が日本に入ってきて、日本では仏像に目に見えない精神、神霊というものを入れ,見て感じられるような仏像に作りあげましたが、神を信じなくなったというわけではなく、全国に8万とある神社には、目には見えませんが神代以来の神様が現役でおられる証拠です。つまり、偶像は、あってもなくてもどちらでもいいのですね。偶像がなくても神様に感謝できる人はそれでいいです。要は、いかに神様仏様に通じることが出来るかが問題なのです。

お墓や仏壇も同じで、「お墓なんかにいません~、」でお墓や仏壇はご先祖様方のためにあるのではなく、生きている子孫の爲にあるような気がします。といっても、ご先祖様をお墓や仏壇に呼びつけて、自分勝手なお願いごとをしている人が大勢いることは、、ご先祖様にとっては、誠に迷惑なことです。

神仏にも、ご先祖様にも、差し上げるのは感謝だけです。願い事なんかしなくても、家庭が崩壊するほどの献金なんかしなくても、幸せになれます。

豊かで幸せになれるのは、本当の信仰だけです。


想日(おもひ)の国からのお酒


 東国三酒を頂きました。東国三社巡りのツアーで、鹿島神宮、息栖(いきす)神社、香取神宮の三社を参拝された方からの、ご神酒の御裾分けです。即、神棚の神様方に差し上げました。

東国三社巡りとは、江戸時代に、お伊勢参りに次いで広く親しまれ、香取神宮、鹿島神宮、息栖神社の三つ神社を巡ること。お伊勢参りのみそぎ参りとも呼ばれ、伊勢神宮参拝後にこの三社を参っていました。(と、お酒の箱の裏に、その由緒が書かれていました)

私は、以前、初めに、ツアーでなく一人で巡り、移動のあまりの大変さに、その後、東京駅発のバスツアーで参拝させていただきました。

ツアーの参加者のほとんどは、御朱印と御利益メインの欲かき巡礼者。感謝感激アメアラレ状態の私は、ツアー参加者とは現地では別行動。神社参拝ツアーの基本です。

東国三社巡りには、古事記に伝わる事実を認知確信することが感謝感激アメアラレ。

目をギョロギョロbさせて御利益頂戴のエネルギーの散策では、得るのは疲れだけです。

頂いたお酒には、感謝だけで参拝された方の感謝の想日(おもひ)がたっぷり込められていました。

※あぁ、想日(おもひ)だなぁと思いはした。大倭日高見の国(おほやまとひたかみのくに)を想う=日の大神を想う=想日(おもひ)

ありがとうございます。


2022年10月16日日曜日

リモート・ヒーリング

神様の気や、人の慈愛の心の気を使用した治療は、本人が目の前にいなくてもできます。真心や神様の世界は、時間も空間も距離も関係なく、瞬時に「~してあげたい」と思う人のところに焦点が合います。

真心で本人に焦点が合うと、そこに神の気が感応して、本人の病気や霊障害が改善されるのです。

病気の治療や霊障害の解除は神様のサポートがなければうまくいきません。人間だけの手柄にすることはいけません。

人間の真心で患者さん無事を、神社で祈願しました。そしたら、先日、その遠隔治療と祈願のお礼にと現金書留が届きました。患者さん家族からの感謝の言葉が添えられていました。

これは神様の治療代ですので、近いうちに祈願お願いした神社の神さんのところへ収めに行かなければなりません。(神さん曰く、「謝礼が過分であるので、1/3は神社までの諸経費と私の時給。1/3は本人に何らかの形で返金、残り1/3は神様の取り分」との直感知が湧きました。)

治療する側も、治療を受ける側も、神様を信じる力が大事です。

神様に対する「信頼力」は、宇宙天地大自然に遍満する「気」を肉体に充満させ、自ら気神のごとき知恵とエネルギーを発揮するための人類の偉大な発見です。

正神への信頼力は、人と神と一如一体とし、不幸や不運、病気などの不調和で迷妄な衰えた「気」を浄化し、生々躍動する健全で清明清浄な「気」を充実していただけます。

我欲・自我と期待感(この人を治したら、一体いくら貰えるのだろうか?)は神様への信頼力を失わせるだけでなく、魔界に通じる考え方です。

神代から続いているこの世ですが、この世はこの世なりの感謝の仕方があります。神様にお願いするのに、チャリ銭は全く失礼です。子供のお使いのお駄賃だって、「赤いまあるいお金(10円)や、黄色い穴の開いたお金(5円)は、嫌だよ~」と言われますからね。感謝の足りないのは最低ですが。

かんたまCL. 10月の予定 「悪念を取り払う」

  世界的な精神の荒廃が進むのと同時に、地球環境も加速度的に悪化!大雨の現象の意味するところは、自らの心・精神(悪念)を深く反省し、自ら禊ぎして、善念で生きると志さねばなりません。(これが猿田彦大神様がお示し、お開き下さった「人として生きる道」)         今や日本は(世界...