2021年1月28日木曜日

無病息災の為に

 


(六瓢息災マジナイ壁掛け)

君子危うきに近寄らず。

社会人になりたての頃、繁華街の薄暗い路地には行っちゃだめだと先輩から注意されていましたが、お酒が入ると怖いもの見たさではなく、いかがわしいのもの見たさ?で近づき、身も懐も危うき目に合いました。

その時の苦い経験と神秘体験で、ちょっと前からは目に見えない危うき事モノも判るので、自分も周りも大事に至ることとは無縁となり身の危険も感じません。

しかし、この2、3年前位からというもの、地中(根国:ねのくに・底国:そこのくに)から邪なモノや禍神(まがかみ)が出てきて、それら妖魔の類にそそのかされる人を観ることが多くなりました。

特にこの1年は酷いもので、三次元のこの世が2次元に住む住民の世界と見まがうばかりで2次元の霊モノたちは肉体を持つ我々の肉体を利用して悪事(交通事故・病気・ケガ・不幸・貧乏等々)を働いているようです。

私が道を歩いていたり、車を走らせている時など、救いを求めてかビュンビュンと私に向かって飛びついてくる霊モノもいますが、いくらその霊モノがかわいそうであっても、車のフロントガラスにガラコを塗っているような感じではねのける呪文を授かっているおかげで、事故には遭わずにいます。

また、正式な依頼が無い場合は、いくらそれら霊モノがかわいそうに思えても手出しをしてはいけないルールがあります。

妖魔の類にそそのかされないようにするには、良心に反する悪いことを考えない・しないということです。

「道饗祭詞(みちさえまつりことば)」に
「根国(ねのくに)底国(そこのくに)より荒び疎(うと)び来るものに相率(あいまじこ)り相口会(あいくちあ)ふことなく・・・」とあるのは、良心に悖ることを考えたり、口にしても妖魔に憑依されて不幸になるよ!ということです。

無病息災、健康という駒を得るには、危うきに近寄らず、悪に志さず、清明正直を保つことです。

見返り愚人(利権の増える馬鹿め!ちゃん)と「バッハ」不調

(見返り求める愚人)

人はすなはち天下(あめのした)の神物(みたまもの)なり。心神(こころ)を傷ましむるなかれ

これは鎌倉中期成立の神道五部書のひとつの中に書かれています。意味は、

【人は皆、神の子孫で神様から魂を授かって生まれたのだから、その魂を損うようなことをしてはいけない。また、魂は神からの預かりものなので、常に清く正しく保つよう努力しなければならない。そして、自分が傷つかないため他人をないがしろにする事も、こころを「傷ましむる」ことになる。】です。

政治家たちの利権を守る為、我々の命がないがしろにされているのかなと感じる今日この頃です。

これが本当だとしたらどうなるのか?天変地異?根絶やし?でリセットされるのでしょうか?

コロナも自然災害の内?先の震災で我々の多くの心根を入れ替えさせられたのですが、お金で魂を買われた政治家は、国民の命も国土も売ってしまったのかも?
(フランス語で中国をChineシーヌと発音する)ですが、チャイナマネーで「死~ぬ」とは。

やられたらやり返すのでは善良な国民も共倒れです。

「リケン(利権)の増えるバカメちゃん」は自らを痛ましむるのだからほっといて、神の血を継ぐ兄弟たちは、意識して善なることを思念しておれば、善なることが顕現されることを信じ、この非常事態宣言下にあって「欲張らずにほどほどに」を心がけ、身の丈に合った「ほどほどのもの」で足るを知れば、不足を感じて不幸になったり、不健康になったりはしないのでしょう。

何事も「ほどほど」が大事ということのニューノーマルは真理です。

なのですが~、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は27日、新型コロナウイルスの感染拡大で懐疑論が広がる今夏の東京オリンピック(五輪)・パラリンピックに向け、中止や再延期を否定したうえで「どうか辛抱してほしい」と日本国民に理解を求めた。今年初のIOC理事会後の記者会見で述べた。あ~ん?世界がリケンの増えるバカメちゃんなんだ。「もうっ、バッハ(カ)じゃないのぉ!」


(理研さんは悪くありません。)



2021年1月25日月曜日

咲かせたい、ゼンダラケの華

 


物金に対する強欲と自分にとって異質な者・事への増悪は、相手の痛みを思いやることを止めさせ、相手はモノだからどんなひどいことをしてもかまわないと考える「悪魔」を育てます。

江戸時代に幽顕両界を往来した“仙童”寅吉は、人の魂の行方について次のように語っています。
「人の魂は、善にも悪にも凝り固まりますので、固まって消えることなく、中でも悪念が凝結した魂は、消える期(とき)なく、妖魔の群れに入って永く神明の罰を受け、善念が凝結した魂は、神明の恵みを受けて無窮に世を守る神となります。 しかしながら善念は崩れやすく、悪念は崩れ難いものであるため、善念は生涯をかけて固めなければ凝結しません。悪念はわずかの間思ったことでも凝結して消えません。たとえていえば、一分の悪念によって九分の善念も水の泡となってしまいます。善にも悪にも凝結するほどのことがない人の魂は、散じて消えることもあり、同じような魂が相(あい)混じり合い、人にもその他のものにも生まれ出ることがあります。」と。

小さな不平不満であっても日々それを放置していると、妄想なども加わって知らず知らずの内に心の奥で苦悩の塊となり、それが積み重なるとやがて凝結して憎悪や怨念などの悪念となり、遂には黄泉の世界・魔界の鬼や邪霊と繋がって禍・災いの現象の渦中に引き込まれる事になります。

つまり災いは自分の外にあるのではなく、自分が発する悪念が自分の内(心)からじわじわと滲み出し、魔界の住人はその匂いを嗅ぎ取ってその人に取り憑き、悪しき災いや苦しみ現象の中に引きずり込むのです。
だから『何が何でも、善き事を想え!』と云われる所以であります。

特に憎しみの言葉は悲劇をもたらします。
憎しみの言葉は、それを口にする人の憎悪感情をさらに刺激し、より過激な言葉へ、そしてより過激な行動へと駆り立ててしまうのです。

また、暴力的な言葉は邪霊と感応し、破壊・破滅のエネルギーとなって自分も他人も巻き込んでしまいます。

毎朝神棚に向かって『大祓詞』を奏上致しますが、この『大祓詞』の前半部分を奏上すると心中に潜んでいだ悪感情・悪念が溢れ出て来ることを感じる時があります。そして後半部分を奏上することにより、それらの悪感情念が解消されるようでとてもすっきりします。これは言霊の大いなる霊験なのでしょう。

そして、「今日も一日、悪感情・悪念を持ちません。他人の悪口は言いません。清明正直で1日を世の為人の為に尽くさせ給え」と決意します。そして、日拝・・。

が、夜寝る前には毎度の反省。善だらけの華は中々咲かせられません。

2021年1月22日金曜日

「一霊四魂と自拝」のこころ

 


我々は宇宙そのものの存在である天之御中主神の分け御霊を包む存在として、この地上に存在させられています。そのことを「肉体は神の舎」と表現されています。

我々の心の働きは、一霊と四魂により構成されています。

一霊とは、直霊とか天之御中主神の分け御魂とも呼ばれていて、天に通じる働きをするそうです。

4魂は様々に解釈はありますが大まかには、幸御霊(さきみたま:愛・思いやり)・奇御霊(くしみたま:好奇心・観察力)・和御霊(にぎみたま:和する事・親しむ)・荒御霊(あらみたま:怒る・動く力・勇気)を意味します。

我々の地上での使命は、悪いことを出来る限り少なくして、善い事を限りなく大きくするように努力して神から分けていただいた一霊四魂という魂魄を純陽に保つことであると言われています。

そして純陽の極みが「天照大御神」になりますので、日々、日拝をして自分の心の穢れを祓ってもらい、清く明るい心を保つことが使命でしょう。

さらに、この地上世界に生まれ出た人間は、誰一人の例外なく、最高神である天之御中主神の分け御霊を有しており、その御霊を穢すことなくお返しするのが役目であることが命=使命の本意です。

以前、研鑽会で八角形の鏡の中に自分の顔を写し、自拝(自らが持つ天之御中主神の分け御霊に対して拝む)をお伝えしました。

洗面時でも十分に自拝はできますので、スッキリついでに心の掃除をされたらいいですね。

私の呪文:鏡の中の私に向かって、
「我が分け御霊を、朝日の如く爽やかに、にこやかに、笑み栄えしめ給へ」と祈願していますが、「神力本願だなぁ」と感じますので、最近では、素直になって先の文言の後に、
「正直・純陽な心で、今日も一日顔張ります。神火清明 神水清明 正直清明!」と宣言して宣言していますが、本当にスッキリします。

長続きさせるコツは、ほどほどに、眉間にしわを寄せず、がなり立てないことがポイントです。

神様はガァーとかギャーとかはお嫌いですので、祝詞もがなり立ててはいけませんのことよ~。線香はまぁ良いとして、匂いのキツイものや焦げた匂い(肉の焼けた匂いも)お嫌いです。当然、タバコの匂いもお嫌いです。私はある時期、相当な贖いをもって強制的にタバコを止めさせられました。今思うと、お恥ずかしい限りです。しかし今や、黙々(モクモク)と日々のお努めに励んでおります。)

2021年1月20日水曜日

「日光ワクチンでアクチン(悪鎮)する」の巻

 

我々は日頃持つ自分自身の感情によって、自分の幸(健康)・不幸(病気)が決まるのは本当の事です。

過去生や現世での因縁も自らが招くものでありますので、悪い因縁を断ち切り、自ら善い因縁と積極的に繋がりたい思うのは人情であります。

明治初年に発行された伊勢皇大神宮の山口起業著の『神典採要通解眼目』の中に、我々が日頃持ちやすい悪感情・悪因縁・悪念を断ち切るために、常日頃実践すべき実習方法が書かれています。実習が進むにつれて災い転じて福となり、幸せを実感できるようになること請け合いです。以下、『神典採要通解眼目』(抜粋)をご紹介します。

『天照大御神(あまてらすおおみかみ)は高天原(たかまのはら)に神座(かむず)まりまして、天地四方神人物を主宰し、照臨の神徳至らざる無きの義なり。皇大神(すめおおかみ)は統大神(すべおおかみ)の義なり。宇宙を統べて万神の徳を合わせ玉うの義なり。この大神の神徳を仰ぎ敬恭粛拝するに必ずこの大御名(おおみな)を称う(となう)べし。(※「大御名」とは、「天照大御神(あまてらすおほみかみ)」のこと)

もしあやまちて諸々の悪念を萌さばこの大御名(おおみな)を称う(となう)べし。

もし諸々の善念を発せばこの大御名を称うべし。

もし諸々の幸福を得ればこの大御名を称うべし。

もし諸々の災厄を被ればこの大御名を称うべし。

 能く此の如く心に誠に此の大御名を称うるときは、悪念は忽ち消して善志に移り、善念は愈々張りて行いを遂げ、

 幸福は益々大にして子孫に伝え、災厄は変改して福祥となり、終身服庸して此の如くなれば命終の後必ず高天原に帰して無量の福祉を受け、その徳九族に延きて共に娯楽を蒙ること更に疑いなきところなり。神典を拝読するの実理眞要此義に達するを以て第一の深奥とす。』(抜粋終わり)

何より、理屈より実践が大事です。

先日の勉強会ではA3の大きさの日の丸を差し上げました。太陽の出ない雨の日には日の丸を仰いで、日の大神様の恩恵に与ってみてはいかがでしょうか?

体の不具合なども、太陽光(電磁気)を積極的に浴びることによって体液の交換となり、元の元気な体へと修復されてゆくのだそうです。

私の場合、必ず自分の悪感情の不徳の致すところを反省・懺悔した後、「日の大神様の分魂(わけみたま)を入れ替えさせて戴きます。」と申し上げ、             『アマテラスオホ(ン)ミカミ ※(ン)は古伝』と称えさせていただいています。日々、日光コロナワクチンを接種してもらう事で、吾が心をめていただいていると感謝しております。そして「日光のワクチンで悪鎮(アクチン)」がニューノーマルとして定着することを願います。

『外から来るのも注意して防がねばならぬが、悪いウイルスも人の心内から湧いてくること多し』

だそうですので、コロナ感染対策に、懺悔と自省を加えるべきですね。

※日光ワクチンは絶えず全世界に行き渡っています。受けるか受けないかはあなた次第です。



2021年1月16日土曜日

「悪いやっちゃ悪いやっちゃ、ヤイヤイヤイヤ~イ」

 

       (「返し矢よ!悪いやっちゃのところに、飛んでけ~」)

尾身さんをもう少し黙らせろ。政府の対応が後手後手に見えるじゃないか」。

週刊文春1224日号によると、専門家たちが、完全なエビデンスまではないものの、「GoTo」と感染拡大の関連性を指摘することから、分科会の尾身茂会長は「GoTo」も含めて人の動き・接触を控える時期だと何度も政府に言っていると答弁した。それに怒った菅首相は、コロナ担当の西村大臣に上記のように命じたそうな。

権力を握る者が己の欲のみを重視し、人の命も何とも思わない人種を、「悪に志し悪魔に身も心も売った者」といいます。

「悪に志す者」の周りには悪が蔓延り、多くの禍が発生します。

我々が選ばされたトップは「スカ総理」(ハズレの総理)は以前から「悪に加担した悪に志す人物」でしょう。

しかし、上には上の「悪に志す者」が居る以上、最強(凶)の悪でないと、悪を持って悪を制すことは出来ないでしょうから、コロナも災難もまだまだ続く覚悟をしておかないと、悪に巻き込まれてしまう気がします。

「チッキショー!ンナ~ロ~!」と思えば思うほど、自分の心も荒んでしまいそうです。

そんな時はお日様の光を浴びることで、身も心も浄化していただきましょう。

在宅勤務であっても午前中は日光浴のスケジュール枠を取っておきましょう。

 

2021年1月11日月曜日

自らを律する神の経(みち)=古事記の神に倣う

 

自律神経とは、「自らを律する神の経(みち)」なのだそうです。

人は善人であっても全く無罪の人はいません。人は知らず知らずの内に罪を犯してしまうものですが、その罪が積もり積もって大罪を犯すにまでに必ずその「兆し」というものが言動に現れるといわれております。


特にコロナ禍に巻き込まれておりますと「自律神経」を失調し、善き事は次第に出来難くなり、謙譲の心を忘れ、政治家からしてそうだからとして、ことさら「悪に志す」ことを正当化する者が多くなった感があります。


「悪に志す者」とは明治時代の仙人であった河野至道大人の人々に諭された言葉ですが、我々は「悪に志す者」に該当しない様に自らを律し、神の経(みち)=神の教えに倣(なら)う事が必要です。以下、河野至道仙人の「悪に志す者」とはどのような者なのかの例えを引用させていただきます。


「悪に志す者は故無くして昆虫鳥獣の命を絶ち、或いは神の照らす下をも恐れず不浄を散し、また東北に対し涕(はな)を吐き、神の道を侵凌して飛ぶを搏(う)ち走るを逐(お)い、礫(つぶて)を以て寝鳥を驚かし、穴を埋め巣を覆(くつがえ)し、胎を破り卵を破る。或いは水神の辺りに五穀を散し生血を流し、不浄の柴を以て竈火を穢し食を作る。 また、食を貪(むさぼ)り人を貪り、人を咎め天を怨み、風を訶(せ)め雨を罵り、妻妾の語を用いて父母の訓に違い、新しきを得て故(ふる)きを忘れ、人を危うくして己を安うし、良忠を隠賊して残害を発広し、己は暗くして人の諸学を謗(そし)り、人の醜きを形(あらわ)して人の才能を称すべきを抑え、人の器物を損して人の用を窮し、人の栄貴を見て人の流貶(りゅうぼう)を願い、人の富を見て人の破散を願い、人の愛する所を侵して人の非を為すを助け、人の苗稼を破り人の婚姻を破り、人を辱めて勝たんことを求め、怨みを念(おも)うて休まず、過ちを知りて改めず、善を知りて為さず、神恩を知りながら誠の道に入らず、或いは他の色の美なるを見て心に私欲を起こし、苟(いやしく)も富て驕り、苟も免れて恥じることなく、秤(はかり)を軽くしてその目方を掠(かす)り、桝を減じてその合勺を掠り、尺を縮めてその寸法を掠り、偽りを以て真に雑(まじ)え、利外の姦利を擄掠(りょりゃく、掠め取ること)してこれを商たる者の常と思い、良善を愚なりと笑い、己が姦才を慢心する痴者あり。」


また、生魂神供次第記『奏神楽の記』には、「悪に志す」=「心に繁る38本の悪い木」と称し、心から刈り取るべき悪い生きざまを伝えています。その悪い木とは、

不忠、不孝、不義、不実、不貞、不和合。 家業にまじめに取り組まないこと。 朝寝坊、けち、嫉妬、憎み、恨み。 人を悪くいう。また、嫉妬する。 強欲。意地悪。口ごたえ。無理をごり押しすること。 嫁いびり。場所によって態度をかえること。 争い、口論。癇癪。怒り。短気。 驕り。邪淫。大酒。遊芸。自慢。 つかみあい。無慈悲。嘘をつくこと。悪巧み。 陰口。わがまま。博打。人から物を奪おうとすること、等々。


古歌にも、

「我(わが)心(こころ)。鏡(かがみ)にうつる。ものならば。さぞや姿(すがた)の

見憎(みにく)かるらむ。

【私の心が鏡に映ったとしたら、さぞその姿は醜いものだろう】 


この歌をよく味わい、自分の身を振り返ってよくよく反省する時が今年でしょう。

これが胸に堪えないような人は、神に見捨てられ、必ず全うな人生を送ることができないのは当然、ついには変事、禍にあうに違いありません。


五輪もGo toも先に関係者からお金を貰っちゃっているので、中止するわけにはいかなくなっちゃっているのです。

人の命よりお金が大事な人は、今生では自分の命で贖わなければなりませんが、来世でも地獄の贖いは続くことが約束されています。そのような人達の道連れとなるのは御免蒙りたいですね。


自らを律して生きることが古くて新しいノーマルな生き方だと思います。


そのためには古事記に出てくる神様に倣(なら)うことが必要です。




 



2021年1月6日水曜日

令和3年度を無事に生きる為の基本指針


 私が勤務する会社をお守りくださる産土神様を参拝し、会社の弥栄と全従業員の安全を祈願してきました。祈願を終え最後にチャポン(100円をチャリンと投入すればポンと出てくるお御籤自販機)でお御籤を頂きました。
神籤自販機の場合、100円を投入する前に「私が今年1年無事に過ごすために必要な御言葉をくださいませ!」などと祈念しておかないと、100円投入直後におみくじが降りてきますので注意が必要です。以下、御御籤の内容です。

【神の教】

神々の大御恵(おおみめぐみ)を慶(よろこ)びて、拝(おろが)み奉(まつ)れば心清(こころすが)し

(解 説)私達は、神様によって生かされている事を日々感受し、感謝する事が大切である。真心を込めて神様に御礼申し上げ、神様の御心に従って朗らかにひたむきに暮らす事をお誓い申し上げる。そうすれば、心は和(なご)み清々しく晴れ渡り、神様の御光が心に隈なく満ち溢れる。禍事(まがごと)が祓われ、善事(よきこと)が訪れる。

神籤の神意通りに過ごしていけば間違いなし」といこう事をですね。

堪え難きを堪え忍び難きを忍ぶ忍耐力が必要です。

神我一体で今年1年乗り切れば大吉です。

2021年1月3日日曜日

かたじけのうございます

 

 新年にあたり、天皇皇后両陛下のビデオメッセージが公開され両陛下がそろってビデオメッセージを出されるのは初めてのことです。この天皇皇后両陛下のお言葉は、ご神勅であります。伊弉諾尊から天照大御神そして天皇陛下に引き継がれた「和通円満」のご精神を慎み恐み敬って、正しく生活を営んで行こうと思います。

以下、全文です。

 

【天皇陛下】

 皆さん新年おめでとうございます。

 【皇后陛下】

 おめでとうございます。

 【天皇陛下】

 今年の正月は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、残念ながら一般参賀の場で皆さんに直接お話をすることができなくなりました。そこで、今回は、ビデオで新年の御挨拶をしようと思います。

 振り返りますと、昨年7月に、豪雨により多くの尊い命が失われたことは痛ましいことでした。御家族を亡くされた方々や、住む家を無くし、仮設住宅などで御苦労の多い生活をされている方々の身を案じています。

 この1年、私たちは、新型コロナウイルスという、今の時代を生きる私たちのほとんどが経験したことのない規模での未知のウイルスの感染拡大による様々な困難と試練に直面してきました。世界各国で、そして日本でも多くの方が亡くなり、大切な方を失われた御家族の皆さんのお悲しみもいかばかりかと思います。

 そのような中で、医師・看護師を始めとした医療に携わる皆さんが、大勢の患者さんの命を救うために、日夜献身的に医療活動に力を尽くしてこられていることに深い敬意と感謝の意を表します。同時に、感染の拡大に伴い、医療の現場がひっ迫し、医療従事者の皆さんの負担が一層厳しさを増している昨今の状況が案じられます。

 また、感染拡大の防止のために尽力されている感染症対策の専門家や保健業務に携わる皆さん、様々な面で協力をされている多くの施設や、国民の皆さんの努力や御苦労も大変大きいものと思います。

 この感染症により、私たちの日常は大きく変わりました。特に、感染拡大の影響を受けて、仕事や住まいを失うなど困窮し、あるいは、孤独に陥るなど、様々な理由により困難な状況に置かれている人々の身の上を案じています。感染症の感染拡大防止と社会経済活動の両立の難しさを感じます。また、感染された方や医療に従事される方、更にはその御家族に対する差別や偏見といった問題などが起きていることも案じられます。その一方で、困難に直面している人々に寄り添い、支えようと活動されている方々の御努力、献身に勇気付けられる思いがいたします。

 私たち人類は、これまで幾度も恐ろしい疫病や大きな自然災害に見舞われてきました。しかし、その度に、団結力と忍耐をもって、それらの試練を乗り越えてきたものと思います。今、この難局にあって、人々が将来への確固たる希望を胸に、安心して暮らせる日が必ずや遠くない将来に来ることを信じ、皆が互いに思いやりを持って助け合い、支え合いながら、進んで行くことを心から願っています。

 即位以来、私たちは、皆さんと広く接することを願ってきました。新型コロナウイルス感染症が収まり、再び皆さんと直接お会いできる日を心待ちにしています。

 そして、今年が、皆さんにとって、希望を持って歩んでいくことのできる年になることを心から願います。ここに、我が国と世界の人々の安寧と幸せ、そして平和を祈ります。

 

【皇后陛下】

 この1年、多くの方が本当に大変な思いをされてきたことと思います。今年が、皆様にとって少しでも穏やかな年となるよう心からお祈りいたします。

 また、この冬は、早くから各地で厳しい寒さや大雪に見舞われています。どうぞ皆様くれぐれもお体を大切にお過ごしいただきますように。

01日05:30)

 



ありがとうございます。 かたじけのうございます。

2021年1月1日金曜日

新年あけましておめでとうございます

 

(大洗磯前神社より日の出を拝する 2021 12/15)

元日祝詞

掛けまくも恐(かしこ)き 吾大神(わがおほかみ)の大前に 恐み恐みも白(まをさ)く。新(あたらし)き年の新き月の新き日の 朝日の豊栄登(とよさかのぼり)に拝(おろがみ)て仕奉(つかへまつ)る大御饌大御酒(おほみけおほみき)を皇神(すめがみ)の御心に平(たひらけ)く安(やすらけ)く赤丹(あかに)の穂に聞食(きこしめせ)と白す。如此仕奉(かくつかへまつる)に依りて今も往先(ゆくさき)も皇御孫命(すめみまのみこと)の御世(みよ)を手長(たなが)の大御世(おほみよ)と湯津石村(ゆついはむら)の如く伊波(いは)ひ依(よ)さし奉(まつ)り茂御世(いかしみよ)の足御世(たらしみよ)に福(さきは)へ奉(まつ)り仕奉(つかへまつ)る親王諸臣百官人等(みこたちおほきみたちまへつきみたちもものつかさのひとたち)を彌高(いやたか)に彌廣(いやひろ)に伊加(いか)し八桑枝(やぐはえ)の如く令立栄給(たちさかえしめたま)ひ天下泰平(あめがしたたひらか)に公民等(おほみたから)を守給(まもりたま)ひ恵給(めぐみたま)へと恐み恐みも稱辭(たたへごと)をへ奉(まつら)くと白(まをす)。


自宅で神棚と先祖舎に新年のご挨拶をした後、産土様に7時にご挨拶しました。

社務所が8時から開くとの告知が徹底されていて、ひとが本当に少なくしっかりと参拝できました。

参拝後、お日様の光が高層の建物の間から差し込んできましたので「日拝」もジックり排することができました。

神籤には、「驚くことあれど、あわてねば叶う」とありました。よくよく物事を考えての言動を心掛け、動ぜず、他の物を生かすために自らの努力で培ったことを与え、生成化育の命(ミコト=使命)を実践しなさい!との感覚がありました。

(大洗海岸より日の出を拝する 2021 12/15)







愚っ痴~言う蔵

  さくらの花を翳して日拝しました。風に舞う桜の花びら。私の恐れや穢れも取り去ってくれるかのようで、とてもスッキリしましたよ。 昨日はびっくりしました。家の庭の畑にイノシシが侵入して、土をほじくっていたよと、近所の人が教えてくれました。 昨年、サツマイモを育てた畑です。私は虫が苦...