2021年9月13日月曜日

七社神社で安産祈願

縄文期以来の七社神社(ななしゃじんじゃ東京都北区西ヶ原2-11-1)に再参拝してきました。

先々週縄文神社の著書に繋げて頂いての参拝で、今回は知人のムスメ子の安産祈願をかねての参拝です。

御祭神は、●伊邪那岐命(イザナギノミコト)●伊邪那美命(イザナミノミコト)●天児屋根命(アメノコヤネノミコト)●伊斯許理度賣命(イシコリドメノミコト)天照大神が天の石屋に閉じこもった際「八咫鏡」を鋳造した、鏡作りの祖神。また天孫降臨の際には邇々芸命(ニニギノミコト)の従者として共に降臨した。●市寸島比賣命(イチキシマヒメノミコト)●仲哀天皇(チュウアイテンノウ)=帯中日子命(タラシナカツヒコノミコト)●応神天皇(オウジンテンノウ)=品陀別命(ホムダワケノミコト)です。

(子供を守っている狛犬。上が雌 下が雄。夫婦そろっての子育てですね。) 
(拝殿の神社の額は、渋沢栄一翁が書かれたものだそうです。)
社務所にて、安産のお守りを求めました。写真の「安産布」には、次のような由来がありました。『古事記によれば、仲哀天皇の御后の神功皇后が出兵した時、お腹には後の応神天皇を身ごもっていました。そこで石を帯の中に巻きつけて出かけ、帰った後無事にご出産されたそうです。これが腹帯の起源ともいわれています。平安時代には庶民にもひろまりました。母子ともに無事の出産をお祈りします。(『安産布』のお守りの説明文より)』


境内には、「腹籠の椎」の木がありました。さすが子授け、子育てにご利益のある神社です。

いい爺が椎の木のおなかに耳をあてて聞いていたら、おかしな爺が居ると通報されます。
なので、手を木のお腹のふくらみに当てて尋ねてみました。「〇〇ちゃんのおなかにいる子は男の子?女の子?」そしたら、気は強いけれど〇〇〇の子!」と答えてくれたような気がしました。とさ。


髪の祖神 蝉丸法師

 

東京都北区の王子神社の境内には、全国でも数少ない「髪の祖神」が祀られている神社がありました。


御祭神の名は百人一首でも有名な蝉丸法師。髪の毛が逆立っていたことから「逆髪姫」と呼ばれ嘆き苦しんでいた姉のために、かもじ・かつらを作り、髪の毛を美しく見せるアイテムを発案した人物として知られており、その話は能の演目『蝉丸』としても有名だそうです。


私の場合、先の先を心配して、今売れに売れている「ニューモ」なる毛生え薬?を使ってみてはいるものの、「ボーボー」とはなっておりません。しかし髪の毛はまだあるので、真剣に祈願したわけではありませんが一応、「黒々とふさふさとした髪の毛をお願いします。」とお頼みしてみました。


「年相応のウィッグを与え給え」とお願いするようになるには、まだまだ年数があるなぁと家の鏡の前で思った次第です。



関神社の敷地内には椎の実が落ちておりました。参拝客に踏まれないようにと拾い集めましたが、色つやと勢いがいいので、発毛パワーを入れて髪に悩める人のお守りにしようと持ち帰りました。

椎の実は縄文人の貴重な食材でした。炒って食べると栗の味がします。食べ過ぎると縄文人のような黒々モジャモジャな髪になるのかもしれません。

関神社の境内に椎の実が落ちているのも、発毛の啓示?のな~んちゃってです。



 

参拝

 

王子神社 (おうじじんじゃ)東京都北区王子本町1-1-12に参拝してきました。

御祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、速玉之男命(はやたまのおのみこと)、事解之男命(ことさかのおのみこと)です。今の住まいの産土神社も王子神社ですので、是非にでもとご挨拶させていただきました。

社務所で神籤を引きました。

(年取っていても、読めないものは読めません。解読するのにちょっと時間がかかりました)

第二十八番 半吉 世は末と 思うは人の ひがごころ 末の末なる 事は知られじ

意味は、「世も末だ」と風評に流されていると本当に毎日が暗く嫌な世の中だなぁとひがんで生きていることは、誠に愚かなことです。この先がどのような世界になるのかは誰も解りません。病気と同じように、「病状が悪化して大変なことになるのだわ」なんて思っていると本当に病気は良くなりません。それと同じ事です。よくよく考えてみますと我が国は今年で皇記2681年。大御世が安定して続いている世界でも稀有な国でありますから、そのことを考えたら、「ひがごころ」を起こしていては天子様に申し訳が立ちません。結局のところ、これからどのような世になるのかは誰も予想することはできません。良い世の中になるならないは、各自の意識の持ち方であることは、皆それとなく解っているくせに。ですね。

我利我利から利他他利と意識を変えて、ニタニタの世の中を作りましょう。の意味とこじつけてみました。

 



2021年9月4日土曜日

お彼岸 お供え物

 

「あっそうだ!ばあちゃんは、お煎餅が好きだったなぁ、じいちゃんは、お酒は剣菱しか飲まなかったなぁ」と、他界した人が生前好きだったものを、真心こめて霊前に供えます。

真心のこもったものは、速やかにそのままの姿で幽境に出現するのだそうです。

神前への供え物(神饌)も同じです。

ですので、供え物は真心こめて(他界した人に思いを馳せて)奉るべできです。

乱雑に供えたり、あまり物や残り物を用いるなどは慎むべきです。

以前、神祭の時に、皆に神前に供える神饌を準備してもらいました。買い求める場所がスーパーであっても、果物を厳選しておいしそうなものや、野菜や海産物もなるだけ新鮮(神饌だけに)でいいものを各自が選び、神饌として供えられました。

そんな中、野原で摘んだままの萎んだ土筆を私に見せ、「土筆つんできました。これ、供えてもいいですか」という人にはびっくりしました。

神様にですよ。ワン公がおしっこひっかけたかもしれないのに。これはさすがに無礼です。先祖にだって失礼です。質素倹約は美徳のつもりでしょうが、せめて食せるように調理してあるものでも、「これはうまい!」と唸って頂けるようなものをお供えしたいですね。

「神祭りや先祖の供養は盛大に行うべきである」と、本居宣長先生もおっしゃっております。

見返りを求めるわけではありませんが、それなりの反応があります。

秋の彼岸で先祖に供える「つくし」は、身を「つくし」てお供えしてくださいね。

「身をつくし」とは、一身を打ち込む。まことを尽くすことです。

もう卑老(ヒーロー)はいらない

 明治天皇御製 

『世の中の 人のつかさと なる人の 身の行ひよ ただしからなむ』

大意は、「世の中の人の上に立つ頭と仰がるる人は、身の行為が殊(こと)に正しくありたいものぞ」と拝します。

コロナはどんどん強烈に変異しているというのに。我らが日本の政治家はというと、

「自分の事には必死だが、国民の事にはスカスカスーガー、鬆(す)が入る。」とかぁ、

「二階から落っこちても、タダでは起きないヨ~ダ」とかぁ。

こんな卑老(ヒーロー)達に日の本の国をお任せすることはできません。

青人草の一人として、正義の味方、清き正しきリーダーよ!と、“ただただ祈るばかりなり”です。

※ちなみに「鬆(す)が入る」の鬆(す)とは、(1)大根・ごぼうなどの芯にできるすき間。(2)煮過ぎた豆腐などに出来る多数の細かい穴。(3)鋳物の内部に出来た空間の事です。】ダメじゃんという意味です。



2021年9月1日水曜日

気を緩めません。コロナ勝つまでは‼

 明治天皇御製

 『如何ならむ くすりすすめて 国の為 いたでおひたる 身を救ふらむ』

大意は、「国の為に戦場へ出て、痛手を負った将兵(将校と兵卒)の身を、どのような薬で救ってやるであろうか?赤十字隊も居るので手当は行き届くであろうが、心配のことである」との御意と拝します。

ジ~ンときます。勇気と元気が湧いてきます。日本国民は皇命の慈愛に守られています。まことにありたき幸せであります。今に生きる我々も、お国(=愛する者)の為、コロナウイルスに決して感染しない・させないよう、自主防を強化しなければなりません。悪しき処へは行きません。悪しき者とも交わりません。『悪しき事、欲しがりません!コロナに勝つまでは』気を抜かず辛抱に辛抱を重ね、匍匐前進(ほふくぜんしん)まだまだ頑張るであります。(やすこ)



(空気を避けても、マスクの装着を忘れてはいけません!)

怒りを抑えることの大事

 

数ある絵馬の中で、ひときわ目を引いた願い事の文言です。

起こりっぽいご主人の自分自身の深い反省とこれからは決して怒らず、家族の為、明るく楽

しい家庭を築くとの強い決意感じました。

見ず知らずの家庭のこととはいえ、ホッコリとした祈願文です。

普段の生活では、なにかと怒りたくなる場面に遭遇しますが、この怒りをなるべく抑え、

を平安に保つことが重要です。怒りの時間を短くするように心がける事。

怒りを抑えることによって長く心も穏やかに保つ事が出来るようになるそうです。

須瀬理姫命様は、『怒りは身を滅ぼす』と言われております。

ガンは血液の病気なのだから

  高須クリニックの高須克弥院長。「癌の原因が人間ドッグにおけるたくさんの放射線被ばくだ!として人間ドッグの受信をやめた。」と発表して話題となっています。 そもそも正しい医学知識として、癌は血液の病気。本来誰でも持っているがんの遺伝子は通常、眠っているのですが、度重なる放射線被ば...