「かんたまクリニック」医療氣科学研鑽会・健康回復支援館の所掌 身体健全 病気平癒・認知症回復治療及び各遠隔治療、家内安全・職場安全・交通安全・安産・良縁・受験・選挙・成就、厄除祈願、商売繁盛、土地建物祓い清め、悪因縁切り等、古代エネルギーを取次ぎ対応します。
2024年5月19日日曜日
「キンチョウドント」の呼吸
頭カジリ虫に注意!
「おばあちゃん!どこ行くの?」「今日はこれからオイシャサマセンセイサマに具合を見てもらいに行ってくるだよ~」と昔は大そう尊敬された医者様。
そんな御医者様先生様から、長く生きられない、余命〇ケ月と宣告されても、
病気と寿命は別物です。
寿命のある限り人は死にましぇん。ですので、病んだら死ぬなんて先走った考え・恐怖心は自ら祓わなければなりません。
さらに、治そう、治ろう、まだ死にたくない!もっと悪くなったらどうしようなど、すべて自分本位の打算から生まれる取越し苦労や生へのこだわりで力むこともいけません。
正しい生活養生と正しい食養を実践し、日拝で、すべてを生かし、化育くださる日の大神様と一体となって、今日は今日、明日は明日と精一杯生きることで、自分の生命が明らかになります。さらに、気がかり事・不安・こだわりなどは一斉に消えてしまいます。
明日にならないと、明日のことはわかりません。ですので、目に悪ものを見ず、耳に悪声を聞かないことが大事です。
病気は心の穢れ(気枯れ)です。自分が蒔いた種、身から出た錆びとも言えます。治ろう、治そうという焦る前に、なぜ病気になったのか、なぜ再発したのかと反省することが大事です。皆、頭で考えるからダメなんですね。
「神のまにまに、在るべくして、在らしめたまへ~」で我を無くしましょう。
宗教めいた修行と称するものに注意!
がむしゃらに修行めいたことに取り組むと、天狗働き(てんぐばたらき)にあいます。体が振動したり、体が勝手に動いたりしたら要注意です。最終的には魂までかじられます。
※ 「頭カジリ虫」には注意が必要です
次元垂直上昇と次元垂直降下
神や自然や人に対して自分勝手な思い癖が次第次第に出てくれば、特に神に対して「狎れ」が出てくることを「神狎れ」といいます。
「神狎れ」た人が書いたスピリチュアル本を読んで、それに同調した野狐・木端、烏天狗憑きの、とあるおバカさんが「神様に対して畏まらずに、「ヤァ神様!っと握手するくらいのカジュアルさでいいと思うの。」また、「最近はあまり神社に行かなくてもいいみたい」とのたもうた。神社に行かなくても自分には神様がついていて、神社でお願いしなくてもうまくやっていけると過信しているようで、その傲慢さは、ヒョゥイットニー・ビューストン。(低級霊に憑依されストンと落とされた人の称号)まったく神狎れは恐ろしく、神や人を騙し利用して稼いだお金は没収され、マイナスを背負うことになります。これが「神狎れ」の「なれの果て」なのでしょう。神様のご縁をいただくどころか、魔界の縁を結ぶことになります。
いよいよ本格的な次元上昇を迎えているなどと、魔縁につながった輩が実(まこと)しやかに巧言しているようですが、神(自然・宇宙)を金儲けなど人間の欲に利用する魔心の思想であることは間違いがありません。
今や全世界が「神狎れ」の時代で太陽の黒点の多発は、人間の心の中の黒点の現れであり、天変地異や経済異変なども神=宇宙を私利に利用した報いでありましょう。
わが身に起こりくる災難などは、お金を積んだら何とかなるものは一つもありません。ましてや次元上昇で善き世に行ける人の条件は、鏡に映った自分の体が本当の自分であるといった幻想から、自分は見えない世界からきて見えない世界に帰っていく霊体が、本当の自分であるとの認識さえ失わなければ、次元上昇なんのそのでありましょう。
次元上昇時には肉体はありませんので、自分が何処からきてどこに帰っていくのかをしっかり理解しておかなければなりません。
生まれきぬ 先(あの世)も生まれて 住める世も(現生) まかるも(あの世)神の 懐のうち(神界)
くれぐれも次元上昇へのパスポートなどとそそのかされて、大金を巻き上げられないように注意してくださいね。
病気でも不運でも次元上昇でも、お金で解決できるものは何一つもありません。正しき思想・正しき生活養生・正しき食養で正しい世界に上昇できます。そして、正しきことを同胞に伝えることで、手をつなぎ供に次元上昇した世界にたどり着くのでしょう。
次元上昇は螺旋の上昇ですが、垂直上昇がこの度の上昇でしょうが、次元垂直降下症の人とならぬように気を付けましょう。
2024年5月12日日曜日
「猿田彦神社 神恩感謝詣で」の巻
5月5日に猿田彦神社で行われた「御田祭」には行けませんでしたので、昨日11日に猿田彦神社に「神恩感謝」の昇殿参拝を受けさせてもらいました。
みちひらきの大神様である猿田彦大神様のお陰で、順調に明く強く直き正しき我が第二の人生の道をの道を歩ませていただいていますことの大神様への感謝の参拝です。
人は一人だけでは生命を保つことはできないとは、生命は他の生命と連絡する関係においてのみ存在するからです。しかし、人と繋がろう繋がろうと我を出して無理すると我によって引き離されることが起きます。そこで、相手も神と思って、神の御心のままにと思って一つに繋がろうとすると相手の生命も自分の生命も強くなるとのことです。
しかしながら、他人との連絡において、自分が発したものであれ、他人から受けたものであれ、心の穢れによって生命力がダウンするのが常であります。ですので意識して定期的に、日を決めての神社参拝が必要なのです。私のばやいも。
参拝客の中で、熱心にお参りされている方に目が留まりまして、急にお声をかけることになりました。「繋げておあげなさい」との猿田彦大神様の御心を感じたからです。
そのお方は人間関係で心を病んでいるとのことでした。たまたまその方の周りに自分勝手な人が多かったのでしょうが、うまく事が運ばないことで、自分との軋轢がひどかったのでしょう。
その方の大神様への敬虔かつ真摯な所作に、大神様が振り向かれたのだと思います。そして、『僕(しもべ)よ!(私の事)あのものを啓いてあげなさい!」との指令が私に下ったと自分勝手に感じたので、お声をかけさせていただき、神様のエネルギーが入る扉を開いて差し上げることに相成りました。
その方には、「人の爲 善と思ひてなす事も、悪しきとなれることを思いて」という古歌が頭に浮かびました。人の爲一生懸命に行動や発言することが、逆に疎んじられ、利用され、批判されてきたことから、精神を病んだのだなぁと直感しました。ですので、神様の御光がその方の心に隈なく満ち溢れ、禍事が祓われ、善きことが訪れますようにとの願いを込めての「心の窓啓き」です。ほんの短い時間の連絡でしたが、その方との連絡により、私の心も祓われたようで、気分揚揚でありました。
「神々の大御恵を慶びて、拝(おろが)み奉れば心清々し」 私たちは、神様によって生かされている事を日々感受し、感謝することが大切ですね。真心こめて神様に御礼申し上げ、神様の御心に従って朗らかにひたむきに暮らす事をお誓い申し上げましょう。そうすれば、心は和み清々しく晴れ渡り、神様の御光が心に隈なく満ち溢れるでしょう。そして禍事(まがこと)が祓われ、善きことが訪れることでしょう。私も改めて気づき直されました1日でした。
2024年5月10日金曜日
「狎れ」る「悪ずれ」の恐ろしさ
正しい食養生と正しい生活養生を守り、古代エネルギーの療治を疑わず素直に受けて一命を取り留め、ドクターからももう大丈夫とお墨付きを得たにもかかわらず、その半年後には、重篤な病気で入院する羽目になったアラ70歳の女性から、涙ながらの再度の療治の依頼がありました。胃袋を新品に取り換えてもらって一命を取り留めたにも関わらず、「なじぇに?」と快癒後の食養と生活養生を聴取しました。
原因の一つに、病気快癒後、正しい食養生が理解出来ていなかった。アラ90歳の実母の間違った食に関する慣習がいけませんでした。昔の栄養学です。弱った体に精をつけなきゃならんと言って、病人の好物などを、食べろ食べろ沢山食べろと続用させた。さらに食物の極量については考えも及ばなかったのでしょう。特にもともと胃腸が悪い人が侵す大きな誤りは、お粥、牛乳、卵といったものを精々持続することです。また、娘も娘、アラ70にもなりながら、食事はアラ90の母親任せというのも情けない限りです。
慢性病の90%は「おなかの病」と言われますが、誤った食養と過食に基づきます。特に癌は、肉食、腸詰、缶詰、レトルト食品、精白糖・小麦粉の過多摂取の結果です。
根本的な原因に、正しい思想の欠如があります。
正しい思想に基づく生活習慣養生に「悪ずれ」があったと想像できました。狎れ(親しみすぎて礼に欠ける)たこと。
神に狎れ、日拝に狎れ、他人に狎れ、遠隔療治に狎れるという「悪ずれ」することが一番恐ろしいことです。
宇宙公然の秘宝があります。それは、「重んずれば重く、軽んずれば軽くなる」ことです。どんな真実や出来事、対象であても、これを疑えば疑わしいものとなり、狎れる心は軽んずる心となり、疑う心となります。
疑う心は、即「魔心」。魔心が魔縁を呼び病気や嫌なことを呼び寄せます。信ずべきものや人を疑う心が腹の底に微塵でも起こると、何事もダメになります。
特に疑いの心は、神に遠ざかるものです。要は、病気を治すことや不運を改善することは、本人以外にはできないようです。
本人が生き方や考え方を変える以外には方法はありません。古代エネルギー療治でもって一度は治っても、生き方考え方が変わらなければ先に傷んだ箇所と別の場所に不具合が生じます。
病気になったら反省します。反省が病気を治す第一歩です。我を張ると倒されます。悟らないから体に教えてくれているのです。病気を恨んではいけません。病気は身から出た錆びです。
最も大事なことは、「人が成すべき正しい生活養生のための当然の工夫や努力をしないで徳を失えば、神は人を守ることが出来なくなる」ということです。神の人に対する恵は皆平等に頂けるのですが、大事なことを怠り、神や人に対する誠を失えば、人は神から守られる位を失うことになります。大いに反省懺悔が必要です。
※治す側にも誠を失わないよう、「狎れ」の心の祓い清めが注意が必要です。
私事:明日、伊勢の猿田彦神社に詣でます。11時頃、神恩感謝のご祈祷を受ける予定です。
2024年5月4日土曜日
無敵マンさ~ん
「いや~、・・・」「でも~・・・」といって自分の正当性を訴えるなど自己主張が強いと、その相手は敵になります。自分の正論を一方的に喋っても、分からない相手は敵になります。敵となるような人物とは関わらなほうが得策です。
相手が求めてきたら、自分が培って持っているものをあげましょう。無敵力を養うためには、決して怒らず、争わず、妬まず、恨まず、必ず一歩下がって自分にも落ち度がなかったかと自省してみることが大事です。と先師に教わりました私ですが、未だ悟りが開けません。
非情も療治のライセンス
様々な病気や不運・事故などの障りは、その90%が、他人や本人が放つ怨念や想念が生み出したことにより呼び寄せた霊物が原因といわれています。
そういったマイナスなエネルギー(霊ものや人の想念)を人間力で駆逐しようとすると、動あれば反動ありの例え、自分が倒されます。
すべての障りは、慈愛の祈り力と自然物全てへの感謝力という「まこと力」で浄化されます。
何が何だかわからない内に治ってしまう我々の療治の醍醐味がここにあります。
しかし、知人だ家族だ友人だから重篤になる病気であってほしくはない!と情にほだされると、治癒は難しいです。何が何だか分からないうちに治ってしまう療治は、非情がライセンスなのです。愛情のある非情です。
究極は、「神のまにまに」と祈るのです。頭であれこれ考えず、私心と私情と私利を無くす、つまり、己がなくなれば神様と一体となって治療ができるのですね。さらに大事なことは、病気が治ったら自分の手柄にしないということです。
憑依霊の解除の大事
人間の肉体はその人間の内在思考を写し出す鏡でありますので、人間の善い想念でも、悪い想念でも関係なく、その想念通りのものを引き付ける作用をします。ですので、悪想念を持てば、悪い事、悪い体の状態を引き起こしてしまます。 多くは、未練や執着や嫉妬や執念型の未自覚迷妄霊の先祖による交...
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ー 2 月の「かんくり」健康回復支援館の予定 ー 3月 1日( 日 ) 横浜市へ日帰りの出張(私事) 3月 7日( 土 ) AM:「天津祝詞之太祝詞淳」の霊的意味内容の解説 PM:治療会 (於:岐阜県可児市...
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明治天皇 御製 「祝」 国民のつくす力によりてこそ 世はにぎはしくなりまさりけれ 口語訳:国民が国のために一生懸命に尽くす力によってこそ、世の中は反映し、賑やかさを増すというものである。 (明治40年) 【明治神宮365日の大御心7月1日】 昭和憲皇太后 御歌「述懐」 人のた...
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(御光に誘われて) 宇宙の真理の本当のところの資料が4年前くらいから集まりだして、宇宙の真理(神理)と人間の心の働きによる幸せ・健康・豊かさの真理(神理)をお伝えしてきていますが、中には正しい想念の持ち方、正しい生活の在り方を、いざ実行となるとできない人が若干おり、自分勝手に...











