2023年2月25日土曜日

淡海國玉神社(おうみくにたまじんじゃ)へご挨拶


 淡海國玉神社(おうみくにたまじんじゃ)は、遠江国の総社。大国主命(おおくにぬしのみこと)の他、十六柱の神々をお祀りしています。創立年代は平安時代の初期と伝えられていますが、さらに昔、大きな地殻変動があり、海水も引いた後に、この国を豊かな国へと治めるために天津国津神々に憑いて貰らう鎮魂の儀式が行われていたのだなぁと直感しました。


主祭神 大国主命(おおくにぬしのみこと)

  殿   瓊々杵尊(ににぎのみこと)木花開夜姫命(このはなさくやひめのみこと)速玉之男(はやたまのおのみこと)事解之男命(ことさかのおのみこと)伊邪那岐命(いざなぎのみこと)御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりひこいにえのすめらみこと)大山咋命(おおやまくいのみこと)宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)天照皇大御神(あまてらすすめおみか)豊受大御神(とようけのおみかみ)赤髭神(あかひげのかみ)須佐之男命(すさのおのみこ火之迦具土神(ひのかぐつちのみこと)鴨御祖神(かものみおやのかみ)諏訪若御子神(すわわかみこのかみ)大己貴命(おおなむちのみこと)

※火之迦具土神(ひのかぐつちのみこと)をお祀りされているということは、古代に天変地異による大地殻変動・大火があったからなのでしょう?東に数キロ先に痕跡があります。


2023年2月18日土曜日

「天の岩戸開き」史実に学ぶ、難儀脱出法

 

古事記は、天武天皇の命により記憶力抜群の稗田阿礼が暗誦した神代からの伝承を、太安万侶という人物が書き上げ、和銅5年(712)に元明天皇に献ったものです。その中の天の岩戸の史実(神話ではありません)を勉強会で検証したいと思います。

普通、神話と言われている「古事記」は単なる物語ではなく、私たちの祖先がどのような世界観、人生観をいただいていたのかを、これによって知ることだけでなく、忘れかけている精神的コアを復元再生して今の世の中で蘇生させることが大事です。

今年は特にとんでもない世の中になりそうです。世の中の禍福治乱は、神慮から発すると言われていますが、古代では万事において神事を先に行い、神のご宣詫をいただいていました。「どうぞ助けて下さい」「何とかして下さい」ではなく、先ずは起こりえた結果を反省して、どのように対処していけば良いかを問い、神の命のままに行動をして様々な難局を乗り越えてきたのです。

地球規模で無茶苦茶なことが起きています。世界各地で起きている増水・渇水・火山の噴火、巨大地震、産業・経済の崩壊等々は、「古事記」に記された神代の時代の日本の国土の姿態と重なりました。心を静めて床に入っての鎮魂夢では、大雨で増水したり、噴火があったり、地震で湖の水が流れ出て渇水したり、高い土地(高天原)から低地への移動・移住があったりと、国土は、今の国土からは全く想像できない神代時代と重なりました。国土(地球全体を含む)の天変地異は、天津神人、国津神人の心情と連動していたようです。

天岩戸と天鈿女命(アメノウヅメノミコト)

で~っ、神代の時代の生き方、考え方、難儀の乗り越え方を「古事記」の「天岩戸開き」に学んだことをお伝えしたいと思い、下記の通り勉強会&治療会を開催します。

ー勉強会&治療会の日程ー

日 時:3月11日(土)9:30~16:30 (AM勉強会 PM治療会)

会 場:「可児市勤労者総合福祉センター(Lポート可児)第一会議室」 

    (住所:可児市姫ヶ丘1-37)

テーマ:「天岩戸神話(史実)に学ぶ、天関打開の神法と健康法」&治療会

参加資格:※後世にも必ずや伝えたい「正系の神界の秘事」は、それを正しく大切な大事な  事と直感し得る者のみが知れば良いのであって、傍系の神(大陸から伝わった新興宗教や古神道を名乗る天狗系の宗教、スピリチュアル系、船〇につながる経営セミナー系の信奉者等々)を正しい神と信じているような人に伝えようとか、理解を求めるようなことや、分かるように説明しなくてもよいとの通信の通り、正系の神が分かる人は参加が可能。つ~か、参加者はツーカーの方と、難行奇病に悩む方、なかなか病気が治らない方、会場に来れない方は、メールでご連絡ください。



2023年2月12日日曜日

大神神社4 若宮社で鳥が奏でる雅楽の伴奏を受ける。

大直禰子神社(おおたたねこじんじゃ)、別名は若宮社(わかみやしゃ)にも参拝しました。参拝客が素通りしそうな神社でした。

祭神は、大直禰子・少彦名命・活玉依姫命で、三輪明神の神宮寺の一つである大輪寺(おおみわでら)として創建されましたが、神仏分離と廃仏毀釈によって廃寺とされ、本尊であった現在国宝となっている十一面観音菩薩立像を慶応4年(1868年)5月に現在の桜井市の聖林寺に移しています。そして同年、昔から十一面観音と共に祀られていた大直禰子を祭神とする若宮社となり次いで、1877年(明治10年)に大直禰子神社となりました。だから社殿は入母屋造本瓦葺きの仏堂形式かぁです。(※中は神式で仏感はありません)

日本書紀に大田田根子の名が出てきます。概略ですが、崇神天皇即位して5年位から疫病が流行り多くの民が死亡しました。また、百姓が流離し、国に叛く者がで始めました。天皇はこれを憂慮し、祭祀によって事態を解決しようとし、倭迹迹日百襲媛命に憑依して、大物主神を祀れば平らぐと神懸りし、その後、天皇に大物主神が夢懸りして現れ、その神託に従って物部氏の祖伊香色雄に命じて、大田田根子を河内国茅渟県陶邑(のちの東陶器村)に探し出して祭祀主とし、大物主神を祀らせました。その結果、国内が鎮まり、五穀豊穣して百姓が戻りその国は賑わったということが記されています。古事記には、大田田根子が神の子であることを知った理由として、母の活玉依毘売が処女で妊娠したことにその両親が怪しんで、赤土を床の周りにまきちらし麻糸を針につらぬいて、ひそかに通ってくるという立派な男の着物に刺すように教えたところ、朝になるとその麻糸は三輪だけを残して鉤穴を抜けており、それをたどっていくと三輪山の神の社にとどまっていた、という<処女懐胎伝説>が記されています。


社殿の裏手には一本の高い気がまっすぐ立っています。神降りる神木です。アンテナでもあります。
本殿で祝詞を唱えている間中、境内の大きな木にいた鳥がしばらくさえずっていました。雅楽の竜笛(りゅうてき)ならぬ鳥笛(ちょうてき)を聴いて、「あぁ、神界につながったぁ~」と感激した豚笛(とんてき)な私です。

(境内の大木 ここで鳥が雅楽の伴奏を)
















大神神社3 狭井神社

 

(狭井神社:狭井川の畔にある大神神社の摂社)

正式には「狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわあらみたま)神社」。三輪の神様の荒魂(あらみたま)をまつる神社で、力強いご神威から病気平癒の神様として信仰が篤いのだそうです。

4月18日の鎮花祭は上古からの由緒をもち、「薬まつり」の名前でも知られ上皇后さまの御歌もありました。

我々が拝殿の前に近づく前から、山の奥の方から狼は今はいないので犬の遠吠え?が聞こえてました。2~3匹の大型犬がハモッたサイレンのような遠吠え。荒魂様は、さすが力強いなぁといった感じ。

ノット奏上の〆は、「狭井大神(さゐのおほかみ) 荒魂(あらみたま)守給(まもりたま)へ 導給(みちびきたま)へ」という「鎮魂詞」を唱えました。

以前は、拝殿左手奥にご神水が湧き出る井戸にて、御神水を頂くことが出来ましたが、最近では、社務所にて100円で500mmLの御祈祷済の御神水を頂けるようになっています。

御神水は、病気平癒で頂くと良いですが、神棚に御祭りしている神々に差し上げたら、とてもお喜びになりますよ。

大神神社2 磐座神社→久延彦神社

 

(麓の磐座に祀られている少彦名神)

コロナ対策で未だに三輪山には登ることが出来ませんが、山中には神霊が鎮まる岩が点在し、磐座(いわくら)と呼ばれて信仰の対象となっています。

神社の古い縁起書には頂上の磐座に大物主大神、中腹の磐座には大己貴神、麓の磐座には少彦名神が鎮まると記されています。

我々が写真の少彦名神にご挨拶で祝詞を唱え終えて移動しようとした時、『先に授けた神語を唱えてみよ!』と宣られたと感じたので、神語を三度唱えさせていただきました。

合唱している両手全体を温かく包んでいただいた感じがとても有難く嬉しく感じました。

そして、『治療法やら、病気の原因など知りたきことあらば、曽冨謄(そほど)の神に問え』とお教えいただいた感じを受けました。

(久延彦神社の登り口)
                (久延彦神社の拝殿)
久延彦神社のご祭神は、久延毘古神(くえびこのかみ)です。この拝殿で久延毘古神とつながるための文言があります。それは、

「天勝国勝奇霊千憑彦命(あめかつくにかつくしみたまちよりひこのみこと)と称(とな)え 名(みな)負(お)はせ奉(まつ)る曽冨謄(そほど)の神、又の名(みな)は久延毘古神(くえびこのかみ)の御前(おんまえ)に、〇〇〇〇(氏名)、斎清(いみきよ)まりけり、慎み礼(いや)まひ拝(おろが)み奉(まつ)りて畏(かしこ)み白(まを)す」です。この文言を唱えてから、どうしたいかを神様に伝えます。

久延彦神社は知恵の神様で、受験合格・学業向上に御利益があるとされ、選挙を控えた政治家も当選するためにお忍びで来るほどです。この神社で必死に頑張りますと宣言して、必死に頑張った人が難関突破のお知恵を授かるのです。

※選挙の当選を外来の新興宗教(盗溢狂怪トウイツキョウカイ?)にお願いしていた似眠盗(ジミントウ?)の政治家は、これから魂まで食いつぶされるでしょう。

私は選挙も受験も控えていませんので、世の爲人のためになれるよう努力いたしますので、神界の病気治療手法情報を頂けますようにと祈願いたしました。


大神神社へご挨拶1

約20年ぶりに奈良県の大神神社にご挨拶出来ました。

(大物主大神がおはします三輪山)

(拝殿の上に輝く朝日)

常識的なことですが、三輪神社の創祀に関わる『古事記』伝承によれば、大物主大神(おおものぬしのおおかみ)が出雲の大国主神(おおくにぬしのかみ)の前に現れ、国造りを成就させる為に「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山に祀られることを望んだとあります。

また、『日本書記』でも同様の伝承が語られ、二神の問答で大物主大神は大国主神の「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」であると名乗られたとあります。

この伝承では大物主大神は大国主神の別の御魂として顕現され、三輪山に鎮まられたというこです。

この様に記紀の神話に創祀の伝承が明瞭に記されていることは貴重なことで、大神神社が神代に始まった古社中の古社と認識されており、ご祭神の神格が如何に高かったかを物語っています。

そして、ご祭神がお山に鎮まるために、当社は古来本殿を設けずに直接に三輪山に祈りを捧げるという、神社の社殿が成立する以前の原初の神祀りの様を今に伝えており、その祭祀の姿ゆえに我が国最古の神社に参拝できることは、自分とは何者かを再確認する上で大事な参拝です。

これも常識ですが、ご祭神である大物主大神は、国造りの神様として、農業、工業、商業すべての産業開発、 方除(ほうよけ)、治病、造酒、製薬、禁厭(まじない)、交通、航海、縁結びなど世の中の幸福を増し進めることを計られた人間生活の守護神として尊崇されています。

そして、崇神天皇の御代に大流行した疫病をご祭神が鎮めたこと、杜氏の高橋活日命(たかはしのいくひのみこと)がご祭神の神助で美酒を醸したことから、医薬の神様や酒造りの神様として広く信仰をあつめておられます。

また、ご祭神の御名、「大いなる物の主」はすべての精霊(もの)をつかさどられる・統べられるという意味をあらわし、災をなす精霊(もの)をも鎮め給う霊威から厄除け・方位除けの神様としても厚く敬われています。

(ご神鏡に見えるシルバーの丸は、白髪頭のどこぞの爺さん頭です)

2月11日(土)は神武天皇が即位した「紀元節」の日でありますので、拝殿では「建国記念の日」として、これを祝う祭典が行われていました。朝日も祝福されているように虹の光が映り込みました。

三輪の恵比須神社は商売・託宣を司る・言霊の神

 

三輪の惠比須神社は市場の守護神=商売の守護神として多くの人々に親しまれ尊崇されているようですが、言霊の神であり、託宣を司る神さまであることはあまり知られておりません。

商売の神様としての由緒は、日本で最初に開かれた市場が海石榴市(つばいち)と呼ばれる市で、三輪山の南麓の金屋というところで、初瀬川の川べりに物々交換の市として開かれとことに由来しています。

言霊、宣託を司る神としての由緒は、御祭神が、大国主八重事代主命(やえことしろぬしのみこと)、八尋熊鰐命(やひろくまわにのみこと)、加夜奈流美命(かやなるみのみこと)であり、八重事代主命大物主大神(別名大国主命)の御子神で、国譲りの談判交渉の際、父君大国主命に代わってその大役を果たされたことが、神話に語り伝えられています。八重事代主命の「コトシロ」とは「言知る」の意味で、託宣を司る神、言霊の神として崇敬されています。

(春の鯛引き行事)
我々がご挨拶して日は、2月5~6日に行われる春の鯛引き行事が終わった後でしたので、早朝ということもあり、心静かに参拝させていただけたことに感謝です。

早朝で社務所が開いていませんので御神籤でのご宣託はいただけませんでしたが、神様からは各自の脳へストレートにご宣託を送っていただけたようです。

2023年2月5日日曜日

神眼と魔眼の差は我慢も大事の巻

 


地形をそのまま利用した古代の神社そのままの状態で今も御祭りされているのは、世界広しといえども日本だけです。日本が決して滅びないのは、昔からの手振りを忘れないからです。

「神は神なるがゆえに、信ずる」のが基本です。しかし、己の都合が良くなるためだけの信心があたりまえのようになってきているのがとても気になります。日本の存続が危ぶまれます。

有志5名で訪問した縄文来神社ツアーでのこと、写真の水神様の水で目を洗うと目が良くなるという立て看板がありました。我々が水の神様にご挨拶をした後、揃ってご神体である御山に遥拝しておりました。ふと後ろの水神様の方に目をやると、ツアー参加の一人が、川の水で、眉間のところ洗っている様子を目にしました。

「はは~ん、神眼をもっと開いてくれるように頼んでた~?」というと、恥ずかしそうにもじもじしていました。我々のグループには、己の都合が良くなるだけの希望・願望は良くないとしていますので、それに恥じ入ってのモジモジであったのかも知れません。

しかし、何も恥じ入る行為ではありません。そのメンバーは神様からの啓示で、『オデコの眼をもっとパッチリさせてやろう。この水でオデコの縦目を3たび洗え!』と宣られていたので神様の言われる通りしただけでした。(さすが我々のメンバーさん。茶化してすみません。)

神眼が開くということは、こういうことです。誠を尽くしていると神眼を授かるというか、神様が眼を開いてくださるのです。
(竹生島で弁財天さんに眼を洗っていただくと神眼が開かれるのです。)

だから、「目を開けてください」とお願いしてもダメです。無理やり開けると魔眼が開いてしまいます。魔眼(マガン)だけに我慢(ガマン)が足りないと怖い物ばかりが見えて真面な日常生活が出来なくなり、精神病院に入ることになりますので注意が必要です。

神仏はどんな事でも素直に信じて実行する者には、きっとすばらしい喜びを与えて下さいます。また、外形に左右されない生き方が大事です。

大神さまに(膝)頭をナデナデされたの巻

 

東京府中の大国魂神社に参拝してきました。国津神・産土神様の関東の元締め様みたいな神社です。

国土霊を奉祭する神社は他に、吉野大国栖御魂神社、山城国久世郡水主坐た山背大国魂命神社、和泉国日根郡国玉神社、摂津国東生郡国魂神社、兎原郡河内国魂神社、伊勢国度会郡大国玉比売神社、尾張国中嶋郡尾張大国魂神社、遠江国磐田郡淡海国玉神社、能登国能登郡国玉比売神社、対島上ツ県郡嶋大国た魂神社等。いっぱい書いたのは、近くの方はぜひ参拝されるといいからです。御利益を求めてではなく、感謝をしに行くといいのです。

参道の左手には、摂社のミヤノメ神社。ご祭神はアメノウヅメノ命。古くから芸能の神、安産の神と言われています。


安産祈願の底のない柄杓と安産祈願と無事出産したお礼参り絵馬が数多く並べられています。絵馬はレトロ感が逆にパワーを感じます。
神社境内で頂いた小石を磨き、清明水の中に浸し清めてから、病退散のパワーを封入しました。知人の姉妹のための御守り石を作りました。
(※姉は幼稚園児、妹は先日生まれたばかりです。病気になった場合に、各小石を体の痛むところに押し当てて、「痛いの痛いの飛んでいけ~」で痛みがなくなったり、「どうぞ、平熱に戻してください」と唱えれば良くなるようなエネルギーを封入しています。)
過分に治療代を頂いたお返しです。これからは何かあれば、私に代わってこれらの小石が治療してくれるでしょう。( ´艸`)

大國魂神社の拝殿の賽銭箱を左に避けて、紅白の幕の前で感謝の祝詞を唱えました。ズボンの膝のあたりに何か触るのを感じたので目を開け確認すると、紅白の幕が神様の内側からの圧で私の立っているところだけ押され擦られていたのです。頭をナデナデではなく、膝頭をナデナデ。ご褒美を頂きました。感激です。

神への感謝は、言葉の感謝です。高く清らかに清々しく、濁りなきよう心を澄まし、明るき境地で声高らかに朗々と祝詞を唱えているといいことがあります。

しかし、「ちょっと~、超ヤバくな~い?ヤバイよね、あのじじい!」という声なき声が聞こえてきそうな目線を感じましたが、
言い訳を言わず、他人が何を言おうと何を思おうと、また、何が起ころうとも少しも気にせず、ただ神様の望まれる事を成し、神様にお仕えしていれば満足であるという神様への全き献身の境地です。

12月の予定「かんくり 健康回復支援館」

  ー 12 月の「かんくり」健康回復支援館の予定 ー 12月  1日( 日 )  AM9:00 ~地域防災訓練参加のため、治療は10:00より承ります。 12月  7日( 土 ) 終日 健康回復のミーティング(横浜市内) 12月  8日( 日 ) 横浜市内~移動後、治療...